第十七章:芽吹き

朝。

いつもより10分早く起きて、制服を整えた。

髪も適当に整えて、鏡の前で深呼吸する。


(……今日は、ちゃんと話そう)


昨日のことを思い出すたびに胸がチクチクする。

月乃はきっと傷ついてる。

俺はそれに、向き合わなきゃいけない。


靴を履きながら、スマホを確認する。

通知は、なかった。


(……来ないか)


覚悟はしていたけど、どこかで期待していた。


駅までひとりで向かう。

見慣れたホーム、混みあう電車。

いつもよりも空気が重く感じた。



~~~



教室に入ると、月乃はすでに席についていた。

窓側で、鞄の中を整理していた。


「……月乃」


声をかけると、少しだけこちらを振り返って、

「おはよう」と返ってきた。


でも、その声はどこか遠かった。


それでも、俺は決めていた。

何を言われても、ちゃんと謝るって。


「昨日……ごめん。色々、ちゃんと話してなかったし……月乃に、心配かけたくなかったから」


月乃は少し驚いたような顔をして、目を見た。

何かを言おうとして、口を開きかけたそのとき──


「あっ!おはようございますっ!先輩たち〜♡」


あの高すぎるテンションが、教室の空気を乱すように飛び込んできた。


リアだった。

制服のスカートをひらひらさせながら、こっちに駆け寄ってきた。


「今日も暑いですね〜。あっ、そうだっ!」


そう言いながら、リアはポケットから小さなペットボトルを取り出した。

その表面には、うっすらと水滴がついていた。


リアは俺のほうを見て、にっこり笑った。


「昨日、ありがとうございましたっ♡

あ、これ……忘れてたから返します〜。アイスのお礼っ!」


それを差し出された瞬間──

水滴が、一粒だけ、机にポトリと落ちた。


月乃の視線が、その水滴に引き寄せられる。

反射で、ペットボトルへと動く。

そして、リアの言葉が、

“昨日”という時間軸に触れた瞬間──


月乃の目が、変わった。


ほんの一瞬だった。

でも俺は確かに見た。


「……そうなんだ。リアちゃんと、昨日」


月乃の声は、穏やかだった。

でもその静けさが逆に怖かった。


「うんっ。偶然お会いしてっ! アイス食べて〜、ちょっとだけお話して〜!」


「ふうん……そっか」


月乃はそれ以上何も言わなかった。

でも、目を逸らした。


俺は、何も言えなかった。


水滴は、すでに乾いていた。

でも、月乃の心に落ちた“疑い”は、まだそこに残っていた。

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