第十六章:防犯系彼女って、どうですか?

【リア視点】



部屋の中は薄暗かった。

遮光カーテンをしめきって、ライトは点けない。

代わりに、モニターの明かりだけが、空間を青白く照らしている。


デスクの上には整然と並ぶいくつものファイル。

先輩の写真が貼られたノート、USBメモリ、録音デバイス。


そして、画面の中には──先輩のリビングが映っていた。


「……あ、今日はソファで寝るのね。

枕、ちゃんと持ってきたのえらいな〜……♡」


私は、ヘッドホンの音量を少しだけ上げた。

生活音がリアルに耳の奥まで届く。

咳払いひとつ、ため息ひとつ、それだけで安心する。


だってこれは“本物の先輩”だもん。

画面越しでも、誰よりも近くにいるって分かる。


着ていたのは、先輩の部屋からこっそり持ってきたジャージ。

袖を指先でくるくると巻きながら、私は笑った。


「やっぱり、ちょっとだけ大きい……」


でも、それがいい。

こうしてると、先輩に包まれてるみたいで、

まるで隣にいるみたいで。


机の奥、引き出しの中には──

落ちた髪の毛。タオル。レシート。シャープペンの芯。

全部、私だけの宝物。




白髪──


本当はずっと、嫌だった。


目立つし、からかわれるし、『病気?』って言われるのも当たり前で。


でも、あのとき。

園庭の砂まみれの中で、私を見つけてくれたのは、先輩だった。


私の髪を見ても、笑わなかった。

引っ張りもせず、嫌な顔もしなかった。

それどころか、泣いた私の手を取って、教室に連れてってくれた。


あの人だけが、私を「ちゃんと見た」。


だから、黒くなんてしなかった。


「見つけてもらえなくなったら、困るもん」


そう、小さく呟いて笑った。


周りがみんな髪を染めるようになっても、私はそのままを選んだ。

先輩に会えたとき、ちゃんと気づいてもらえるように。


だって──白髪のお姫様って、ちょっとロマンチックでしょ?



~~~



先輩が引っ越してからの毎日は、色のない世界だった。



砂場に入れば誰かが「ババアの髪!」と笑った。

運動会のときも、リレーのバトンを受け取った瞬間に足を引っかけられて転んだ。

泣いても誰も来てくれなかった。

そのたびに、あの人の声と、手のぬくもりだけを思い出していた。


小学校に上がっても状況は変わらなかった。

机の中にゴミが入れられ、ランドセルのポケットに『幽霊』って紙をねじ込まれた。

でも私は黙って、帰り道にひとりで歩きながら先輩のことを思い出していた。


その記憶があったから、私は折れなかった。

白髪を隠さなかった。

「見つけてもらうために残してるんだ」って、心の中で何度も唱えてた。


夜はパソコンの明かりだけが友達だった。

小学校高学年になるころにはネットの世界を覚えた。

検索欄に何度も打ち込んだ。


『同じ街 白髪 男の子 名前』

『○○市 ○○小学校 卒業アルバム』

手がかりを拾っては消し、拾っては消した。


会えなくてもいい、せめてどこにいるかだけでも知りたかった。



~~~



……じゃあ。


じゃあ、なんで。


なんで、月乃先輩と付き合う前に、私は先輩に告白しなかったんだろう?

なんで、もっと積極的に行動しなかったんだろう?


答えは、簡単。


怖かったから。


「私のこと、覚えてなかったらどうしよう」

「もう他の誰かを好きになってたらどうしよう」

「笑われたら……どうしよう」


それに──“再会するだけ”で、十分幸せだと思ってた。

傍にいられなくても、見ていられたらそれでいいって。


だから、先輩と駅で遭遇した時、

中三の私は息を止めるみたいに立ち尽くして、震える声で「あの……」とだけ呼びかけた。

振り返った先輩は時計を見て「ごめん、急いでる」と小さく笑って通り過ぎた。

その一瞬だけ、目が合ったのに、名前は呼ばれなかった。


それだけで、それだけでも「生きててよかった」と思えた。



……でも。


違った。


いざ、先輩が月乃先輩と手を繋いで歩いているのを見たとき──

私の中の何かが、壊れた。


止めなきゃって思った。

私の大切なものを、月乃先輩に盗られちゃいけないって。

“私のもの”なのにって、思った。


その時から、私は止まれなくなった。



~~~



「……ねえ、先輩。

思い出しました? 私のこと」


モニター越しの先輩に問いかける。

返事なんか、ないのに。


でも──いいんだ。


どうせそのうち、ちゃんと隣に座ってくれる。

そうなるように、私は全部、準備してるから。


「……先輩」


私の声は、部屋の中で静かに溶けていった。


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