第十三章:カナヅチの天使
「じゃあ、午後の時間は──リアちゃんとプールデートにしましょっ♡」
プールサイドに立つリアが、あざといポーズでウィンクしてみせる。
こっちに注がれる視線の嵐なんてお構いなし。
本人は完全に“無敵の後輩ムーブ”を貫いていた。
「お前……何してんだよ……」
俺がぼそっと呟くと、リアはにこっと笑った。
「偶然です偶然っ!ほんとに、たまたま来ただけで〜……でも、せっかくですし!」
「……偶然で水着持ってくるか普通」
「準備がいい女はモテますよっ?先輩♡」
もう、何を言っても無駄な気がした。
月乃はさっき帰ったばかり。もし戻ってきたら最悪だった。
でも“拒否”という選択肢が、この子には効かない。
リアは更衣室に向かい、数分後──
昨日買ったばかりのシンプルな黒のスクール系水着に着替えて戻ってきた。
タオルを肩にかけて、足元を気にしながらペタペタと歩いてくる。
「じゃーん。先輩、どうですか?似合ってます?」
「……まあ、普通に」
「え〜!もっと感想ほしいなぁ〜! てか先輩も入ってくださいよ〜!水、気持ちよさそう〜!」
そう言いながら、リアはプールの縁に近づいた。
でも──そこから、まったく動こうとしなかった。
「……おい、お前が入るんじゃないのか」
「え? い、いや、今ちょっと風が強いかなって。ほら、風邪ひいちゃいますしっ!」
「……さっき『気持ちよさそう』って言ったの誰だよ」
「うぅ……」
リアはしゃがみこんで、バシャッと水を軽くはねさせただけ。
視線は泳いでいる。というか、完全に落ち着きがない。
「……お前、もしかして」
「……えへへ」
「泳げないのか」
「…………」
黙った。
「ガチで?」
リアは小さく頷いた。
「……水、怖いんですよ。深いの無理で。
でも、プール来たかったから……てへっ♡」
笑顔はいつもと同じなのに、どこかバツの悪そうなその様子に、少しだけ気が抜けた。
「……お前な」
「だ、だって、せっかく先輩プール来てるし、午後空いてるし、デートできるって思って……」
言い訳がましく呟きながら、足をちゃぷちゃぷと揺らすリア。
なんだか今だけ、いつものあの狂気のテンションが少しだけ抜け落ちているように見えた。
「じゃあ、最初から言えよ。別に水の中入らなくたって、顔くらいは見せてやるよ」
「……ほんと?」
「ああ」
リアはぱっと顔を上げて、まるで犬みたいな目をしてこっちを見た。
「……じゃあ、見ててください。がんばって、浅いとこだけ……入ってみますからっ」
「溺れるなよ」
「……助けてくれます?」
「溺れたら、な」
リアは、笑った。
いつものあの、何を考えてるか分からない笑顔じゃない。
本当に、嬉しそうに笑った。
その表情が、俺の中のどこかをざらっと擦った。
(なんで……こいつは)
わかりたくなんか、なかったのに。
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