第十二章:浮かぶ声と、沈む心

プール日和──になるはずだった。

朝の天気予報は晴れを告げていたけど、実際の空はどこか重たかった。

雲は流れているけど、太陽は出たり隠れたりを繰り返している。


更衣室で着替えて、月乃と合流した。

水着姿の月乃はいつもより大人びて見えて、思わず目を逸らしてしまった。


「……どう? 変じゃない?」


「いや、似合ってる」


「そっか、よかった……」


やりとりは普通だった。

でも、空気は“普通”じゃなかった。


歩く距離が、昨日までより少しだけ遠い。

言葉のテンポが、少しだけズレている。


俺の心にも月乃の目にも、「あの言葉」がずっと引っかかっていた。


金欠。モール。リア。


昼前、30分の清掃時間に入った。

月乃はタオルで髪を拭きながら、ぽつりと口を開いた。


「ねえ、〇〇くん」


「ん?」


「昨日……リアちゃんに会ったの」


言われた瞬間、心臓が跳ねた。


(……あいつっ……)


「“金欠で泣きつかれた”って、言ってた。……ほんと?」


「……いや、それは」


否定しきれない。

真実じゃない。でも、全くの嘘でもない。

何も言い返せない自分が、何よりも不甲斐なかった。


「お金のことってさ、ちゃんと言ってくれればよかったのに。

私、そういうことで揉めたくなかったし……」


「ごめん。言おうとして……でも、言えなかった」


「……なんで?」


「月乃に心配かけたくなかった。それだけだよ」


月乃は、少しだけ顔を伏せた。


「……そうなんだ。でも」


プールの水が、風に揺れて静かにきらめいている。


「私、〇〇くんの“都合のいい彼女”じゃないよ」


その言葉が、まっすぐ胸に刺さった。


数秒の沈黙。


「……今日は、用事あるから帰るね」


月乃はタオルを手にして、そのまま更衣室のほうへ歩いて行った。


追いかけたかった。でも、足が動かなかった。

俺が何を言っても、あの言葉を消すことはできなかった。


水面を見つめたまま、ため息をつく。


そのときだった。


突然、プールサイドに響き渡る、破裂音みたいな声。



「せんぱーーいっ!!!」



クソデカボイスだった。

誰もが一斉に振り返る。

水泳部の子も、監視員も、掃除道具を持ったまま固まってる。


俺はすぐに分かった。

見るまでもなかった。


プールの入り口に、日傘を差しながら立っていたのは──

リアだった。


白いワンピース。サンダル。大きめの帽子。

手には、あの安物のビニールトートバッグ。


その中には──昨日買った、水着が透けて見えていた。


「ちょっとだけ、先輩に会いたくなっちゃって♡」


リアは笑顔で、みんなの視線を受け止めながら、歩いてきた。


空は、いつの間にか曇っていた。

日差しは消え、風が冷たくなっていた。

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