第十一章:悩みの種をひとつまみ

フードコートを出たあと、リアは俺の腕をぴたりと掴んで歩いていた。

人目を気にしてるようで、全然してない。

足取りも軽くて、買ったばかりの紙袋をぶんぶん振っていた。


その途中、ふと足を止めて、自販機に駆け寄る。

小銭を入れて、ガシャンと落ちてきたのは80円の安いソーダ缶。


「ん〜〜冷たっ♡」


ごくりとひと口飲んだあと、リアは当然のように俺の方へ缶を差し出してきた。


「はい、金欠先輩にもおすそ分けっ。リアちゃん優しいでしょ〜?」


「……っ」


差し出された口のところが、ほんのり濡れて光っていた。

俺は一瞬ためらったが、結局受け取ってひと口飲む。

安っぽいソーダの甘さと、さっきのリアの体温が妙に混ざって、喉に落ちていった。


「えへへ〜、間接キスですねっ♡」


リアは得意げに笑って、残りの缶をまた取り戻した。


──そんなやり取りのあと。


モールの出口前。

人通りが少なくなったところで、リアはぴたりと足を止めた。


「先輩、今日もありがとうございましたっ」


「……ああ」


「じゃあ、最後にいつもの……」


リアがくいっと俺の腕を引いて、

背伸びしながら、目を細めて唇を尖らせる。


「……やるのが当たり前、って思うなよ」


「やーん、ひどい。でも、先輩も嫌じゃないでしょ?」


そんなセリフを残して、リアは軽くキスをしてきた。

相変わらず、感触だけはしっかり残る。


「さてさてっ、今日は予定あるので、ここでっ!」


そう言って、リアは手を振った。

「送ってって」とも、「また連絡しますね」とも言わずに。


それが、いつもと違って見えた。

嫌な予感が、確かにあった。


でも、俺はそれ以上何も言えなかった。

モールの照明が背中に落ちる中、リアの姿はすぐに雑踏に紛れて見えなくなった。


~~~


リアが向かったのは、駅の反対側。

そこには、塾が入ってる大通り沿いのビルが並んでいた。


時間は19時過ぎ。

教室が終わる時間を、彼女はちゃんと知っていた。


しばらく歩道の端でスマホをいじるフリをして立っていると、

ビルの出入口から、月乃が出てきた。


手には教科書とノートの詰まったトートバッグ。

制服のリボンは少しだけ緩めてあった。


リアはタイミングを見計らって、顔をぱっと明るくした。


「あっ、月乃先輩っ!」


月乃は少し驚いた顔をして、足を止めた。


「え……リアちゃん? 偶然だね」


「ですねっ。えへへ、こんな時間にすみません」


「……帰り?」


「はい。ちょっと寄り道してたらこんな時間で〜。

あ、そういえば月乃先輩って、〇〇先輩と付き合ってるんでしたっけ?」


月乃は不意の質問に少し表情を曇らせたが、うなずいた。


「……うん。そうだけど」


「そっかそっか〜。いいなぁ、〇〇先輩。

あ、でも今日ね? 実は私、モールで〇〇先輩と偶然会ったんですよっ」


「……え?」


リアは明るいトーンのまま、微笑みながら続けた。


「で、なんか“金欠だよ〜”って、ちょっと泣きつかれちゃって。だからジュース奢ってあげましたけど……」


「……金欠?」


「はい。財布すっからかんなんだって。

あはは、可愛いですよねぇ〜。なんかあったんですか?」


月乃の表情から、少しだけ笑みが消えた。


リアはその様子を見て、目を細めた。


「あ、すみません。少し深入りしすぎちゃいましたね」


そう言って、軽くお辞儀をする。


「じゃあ、気をつけて帰ってくださいね。先輩」


リアはそのまま、何食わぬ顔で踵を返した。

足取りは軽く、口元には満足げな笑み。


(崩れろ、崩れろ──)


そう呟く声は、誰にも聞こえていなかった。

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