第十章:コスパとタイパの世代ですっ

玄関を閉めた瞬間、スマホが震えた。

通知音が鳴っただけで、背中に冷たいものが走る。


案の定、画面には「リア」の名前。


📱「楽しそうでしたね、金欠先輩っ!」




言葉の意味を理解するのに数秒かかった。


(……見てたのか)


思い返す。モール内でどこか視線を感じたような気が、確かにした。

でも、それが“誰か”だったとは、思いたくなかった。


📱「リアちゃん決めました!明日、デートしましょっ!」

📱「もちろん今日のモールで!」

📱「だって月乃先輩、明日は塾ですもんね?」




文字を見た瞬間、喉の奥が熱くなる。

勝手に予定を決めるな。

勝手に人のスケジュールを把握するな。

勝手に“月乃”を使うな。


怒りが爆発した。


「……ふざけんなよ……!」


思わず声が出た。

部屋の壁に拳を打ちつける。


その直後、スマホに再び通知。


📱「わわっ、耳キーンてしました……」

📱「でもそんなに怒らないでくださいよ〜。ほら、明日は節約デートってことでっ♡」


喉の奥で言葉が詰まった。

何を言っても、こいつには通じない。



~~~



次の日。

俺は予定通りモールの前にいた。


というより、行かざるを得なかった。

リアが何をするか分からなかったから。

俺が行かなかった場合、何が起きるか、想像したくなかった。


「先輩、おまたせしましたっ!」


リアは制服じゃなく、ラフなTシャツにショートパンツという軽装だった。

髪はゆるく巻かれていて、まるで雑誌から抜け出したような格好だった。

明るく笑って、まっすぐこっちに駆け寄ってくる。


「さーって、今日はリアちゃんと一緒の“節約デート”ですっ!」


「……あのな」


「だーめですよ、説教は。でももし怒るなら、耳キーン覚悟してますからっ」


そう言って、にこにこと笑う。

声を荒げさせたのも、煽ったのも、全部分かったうえでやってる。


「で、どこ行くんだ」


「うーん、まずは水着、見に行こっかな〜。昨日月乃先輩も買ってたでしょ?」


そう言って、まっすぐ昨日と同じショップへ歩き出した。


店内で、リアは何着か手に取って、鏡の前で合わせるだけ。

試着はしない。値段も見ながら「高い〜」と笑い飛ばす。


結局、一番安い水着を1着だけ購入した。


「ほらっ、月乃先輩よりお財布に優しい彼女ですよ? なんてねっ」


その言葉が、ぐさりと刺さる。

確かに昨日、月乃の水着代と雑貨で財布はかなり軽くなった。

でもそれは、月乃が悪いわけじゃない。

それなのに、リアの言葉は、罪悪感を植え付けてくる。


「さ、せっかくだしフードコートでも行きます?

あ、もちろん!私、ポテトだけでいいですから!」


「……好きにしろよ」


「えへへ、やさしい〜♡」


ポテトだけ頼んで、テーブルに座る。

リアはスマホをいじりながら、足をブラブラさせてた。


「でも、ほんと……〇〇先輩とこうやって一緒にいると、

“こっちのほうが合ってるなぁ”って、思っちゃいますよ」


「……何が」


「全部、です」


返す言葉が見つからなかった。


リアは笑顔のまま、ポテトをつまんで口に運ぶ。

その仕草さえ、あざとく見えてくる。


俺のスマホは、ずっとポケットの中で沈黙していた。

月乃から連絡が来るのが怖かった。

連絡が来たら、きっと、俺はこの“嘘”を隠しきれないと思った。

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