第1章 ⑰
(うーん……)
(さやか~っ! あなた、生徒隊長でしょ~っ!)
そんな具合で、さやか達が声を掛けようかどうか迷っていると、当のエマがにっこりと微笑み掛けてきた。
エマは、きょとんとするさやか達に歩み寄ると、そっと腕の中のウサギを見せてくれた。起こしてしまわないよう、さやか達もそっと覘き込む。
母親の手に抱かれた赤ん坊のようにウサギは安心しきって無心に眠っていた。
「よく、眠ってる。この子、ウィンターズさんにすごい懐いてるね」
声を顰めるさやかに、エマも囁くように微笑んだ。
「ええ。でも、私、この子に今日初めて会ったんですよ」
「「ええー。すごーい!」」
「軍にいた頃に相棒と一緒にウサギを飼ってた事があるんです。だからかもしれません」
エマは、ウサギの頭に愛おしげに頬を寄せる。
「相棒?」
「それって、篠塚くんのこと?」
思わず身を乗り出すさやか達にエマは、頬を赤らめ恥ずかしそうにこっくりと頷いた。
それから、エマを交えてその場で少しだけ話し、最後にちょっとだけウサギを撫でて、エマ達とは別れた。
夕焼け色に染まる空を背にエマと寝ぼけたウサギが遠ざかるさやか達に手を振ってくれた。
(ウィンターズさん、いい子だったな。ちっとも、知らなかった。もっと早くに話しかけてればよかったな……)
でも――さやかは、ふっ、と微笑んだ。
(また明日も逢う約束してくれたし。それに、あのウサギ……名前が『篠塚ブンタ』って……ウィンターズさん、どんだけ篠塚くんの事好きなんだか)
胸の内でそう呟くと、さやかは名残惜しげに網膜投影式ブラウザをシャットダウンする。
ウサギを真ん中に皆で撮った一枚が視界から消えると、さやかは、待合室に入って来た人物に視線を向けた。
百八十センチはあろうかと思われる引き締まった体躰に外国製と思しき高級スーツ。
どこかプラスチックを思わせる整った顔をしたその男性は、さやかに向って丁寧に頭を下げた。その途端、シャットダウンしたばかりの網膜投影式ブラウザが自動起動して、彼がさやかを呼び出した役員の秘書である旨が簡単な個人情報と共に網膜に表示される。
その秘書は改めて軽く頭を下げ名前を名乗った。
「役員秘書室付けの鈴木と申します。夜分にも関わらずお越し頂きありがとうございました。では、早速ですが……」
さやかは、彼の言葉に無言で頷き、その後に続いてロビーの奥の扉をくぐる。
豪華なしつらえの廊下を五十メートルぐらいだろうか、台座に飾られた彫刻や壁に掛けられた絵画の数々を眺めつつ進み、突き当たりの両開きのドアの前で二人は止まった。
(ここが……)
さやかは、密かに息を呑んだ。
そう。
この分厚いオーク材の扉の奥こそが、世界第三位の民間軍事会社パシフィック・サーバントの役員達が使用する最高幹部会議室。
日本に本社機能を移して二年余り。
中央軍事学院の生徒隊長でここに入るのは、さやかが初に違いない。
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