第4話 異世界スカイクルーズ


 今日もどこかに現れる、

 異世界へ通じる案内所。


 異世界を信じる者にしか、

 たどり着けない不思議な店。


 本日のお客様は、どなたでしょう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 受験なんてなけりゃいいのに。


 学歴社会じゃなくなるとか言ってるわりに、名門校以外は人生負け組とか蔑む声が聞こえてくる。それが不確かな意見だって分かってても、僕みたいな凡人のやる気をぐには十分だ。


 いくら勉強しても、受かりそうなのはいいとこ地方の中堅校。せっかく部活が休みでも、塾に行かされたら自由時間なんてない。


「大人になってからの遊びのほうが楽しいぞ。だから今は勉強しておけ」


 そう言ってる大人が仕事に忙殺されてるのを見るたび、こっちは幻滅してんだよ。調子のいいこと言って、僕から自由を奪うなっての。


 心の中でぶつぶつ文句を言いながら、塾から自宅へと急ぐ。


 途中――変な店を見つけた。


「看板なしとか、どんな意識高い系だよ」


 西洋風の佇まい。こういう店は、たいていお高くとまってる。小洒落た感じが気にいらない。


 でも、不思議と心惹かれる。


「いらっしゃい」


 僕は無意識に店内に入ってしまった。魔法使いのコスプレした婆さんが出迎える。


「ここ、何の店ですか?」


「ここは『異世界案内所』でございます」


 うさんくさい店だ。異世界なんてあったら、こんな世界捨ててやるっての。


 ここは冷やかし気味に――


「異世界に行けんの?」


「はい」


 即答と来たもんだ。できるもんならやってみろって。


「こちらがパンフレットです」


「そんなのいい。僕はドラゴンの背中に乗って空を旅してみたい。できる?」


 無理難題をふっかけとけば、どうせ「パンフレットからお選びいただかないと」とかなんとか言って誤魔化すんだろ? どうだ、婆さん。


「ええ、できますとも」


「はあ? 嘘言うなよ」


「嘘ではございません。スカイクルーズでしたら三百円、あなた自身がドラゴン化する特別メニューでしたら八百円になります」


 そう言って、婆さんはパンフレットのとあるページを開いて見せた。あんのかよ、そんなプラン。てか、できるわけないだろ。


 まあ、どんなインチキが飛び出すか確かめてみるのも悪くない。後でガンガン文句言ってやりゃいいんだし、八百円くらいくれてやる。僕は代金を支払って、婆さんに言われるまま光の通路を奥まで進んだ。



 ――光の先には、城があった。


 切り立った崖の上にそびえ立つ立派な城。その上空には、大小多くのドラゴンが飛び交っている。


「おいおい、マジかよこれ」


 映画館のスクリーン、プロジェクションマッピング——いやいや、こんなにリアルな映像作れるわけない。


 近くまで飛来したドラゴンの翼が、複雑な気流を生み出している。とても作り物には思えない、あまりにも出来が良すぎてる。


 しかもそのドラゴンが、僕に声をかけてきた。


「龍王様、こちらにいらしたのですか」


 龍王? 僕のことか?


「ご一緒に狩りなどいかがですか? 西の森でワイバーンが暴れているようでして、貴方様にはちょうど良い運動になると存じます」


 自然に話してくるとか、異世界感すごいな。とはいえ僕は人間の姿のまま。念じればドラゴンに変身できるとでもいうのか。


 まあ、ものは試しだ。目を閉じ、本来の姿に、と念じてみる。


 すると——僕はドラゴンの姿になっていた。大きな体に重厚な鱗、太い四肢に立派な翼。体の中から力が満ち溢れてくるのを感じる。


「いつ見ても、見事なお姿ですな」


「うむ」


 気持ちまで大きくなったのか、カッコつけた返事が自然と出た。腕を伸ばすように意識すると、大きな翼がつむじ風を発しながら開いた。空を仰ぐと、飛び出したい衝動が全身を駆け巡っていく。


「案内せい」


「はい、あちらです」


 この男が案内人なのだろうか。彼の呼び名はダン、そう頭の中に浮かんできた。


 翼をひと振りすると、大きな体がいとも簡単に大空へと運ばれた。そのまま風に乗り、もう一度翼を振る。爽やかな草木の香りが身を包む。どうやら、眼下に広がる森林から立ち上ってきたようだ。


 これまで体験したことのない凄まじい加速。様々なジェットコースターに乗ってきたけど、そのどれとも比較にならない。


 全く次元が違う、けれど恐怖心はない。むしろ心地よいくらいだ。


 どう翼を動かせばいいかとか、意識せずとも飛び方が分かる。体が勝手に反応して、逃すことなく風を捉える。


 迫りくる雲と遠くの街、景色の流れる速さが違う。


「龍王様、ご覧ください」


 切り立った岩山の辺りに、ワイバーンらしき影がある。


「あれか」


「はい。大物ですが、貴方様にかかれば朝飯前でしょう」


「ああ、問題ない。我ひとりで相手しよう」


 言ってみたかったんだよな、こういうセリフ。余裕の表情で、自分のこと『我』なんて呼んじゃってさ。


 別に強がりを言ったわけじゃない。今の僕なら余裕で相手できると、体がそう訴えかけていたからだ。


 ワイバーンが僕に気付いて一瞬怯んだ。そこを見逃さず炎を吐き出す。左の翼が一気に燃え上がり、ワイバーンの体勢が崩れた。すかさず左腕で押さえつけ、右手の爪で首を掻き切る。


「お見事です」


 ダンが岩場に降り立ち、一礼して言う。僕は誇らしげに胸を張り、「うむ」とひとつ頷く。これまで体験したどんなアトラクションでも、感じたことのない、例えようのない達成感だ。


「ダン、我はまだ物足りぬ。他に良い狩り場を知ってはおらぬか?」


「もちろん存じております。すぐにご案内いたしましょう」


 ふたり同時に羽ばたくと、岩山の小石がぱらぱらと花火のように地上へと弾けていった。


 ――複数の狩り場をはしごする。


 空の狩り場ではグリフォンの群れを軽くあしらい、陸の狩り場では出会うのが稀なバジリスクと火力比べで圧倒した。


 勇者になってモンスターとバトルもいいけれど、僕はこっちの方が性に合っている。バンバン炎を吐きまくって、ガンガン尻尾でなぎ払う。このど派手な感じがたまらない。


「龍王様、そろそろ日も暮れて参りました。そろそろ城に戻り、夕餉ゆうげといたしましょう」


 言われるまで気付かなかった。夕陽が今にも沈みそうだった。もう少し狩りを楽しみたかったが、龍族のディナーも気になるところだ。


「分かった。今日のところはこのくらいにしておこう」


「本日は随分と熱心でございましたな」


 僕はふっと鼻で笑った。ほぼ休憩もなく動き回ったが、それほど疲れは感じない。ちょうど、良い汗をかいたなと思う程度だ。 


 道中にある湖で軽く体を濯ぎ、城へと戻った。人間の姿になり、食堂へ向かう。すでにディナーの準備は万端だった。テーブルいっぱいに料理が並べられている。


 お味は――あまり良く覚えていない。


 龍として空をほしいままにし、陸上の世界を存分に見下ろし眺め、みなぎる力をいかんなく見せつける。その興奮が忘れられない——。



 最高の一日だった。


 店に戻ると、魔女に扮した婆さんが――もとい、本物であろう魔法使いがにこやかに出迎えてくれた。


「いかがでしたかな?」


「控え目に言って、超最高だったよ」


 絶対実現不可能な夢が、わりとあっさり叶ってしまった。それにしてもこの老婆、何者なんだろうか。


「婆さんってさ、異世界人なのか?」


 まだ龍王の感覚が残っているのか、普段より少し乱暴な口調になっている。まあいいか、興奮が冷めていないせいだって言えば。


「……ご想像にお任せ致します」 


 謎めいたままの方が良い演出になるってか?


「なんでこんな店やってんのさ」


「心がお疲れの現代人の皆様に、極上の癒しを提供したいからですよ」


 最もらしい理由だ。でも、確かに他では味わえない極上のひとときだった。


「あれで八百円って、儲けあんの?」


「ええ。こちらの貨幣は、向こうでは百倍以上の価値になりますからな」


「そうなのか?」


 社会の公民の授業で習ったけど、えらく物価の差があるもんだな。まあ、相手は異世界なんだから常識が通用するとは思ってないけど。



 ――軽く挨拶をして店を出た。


 スマホを見ると、入店してから一時間も経っていなかった。異世界の時間の概念は異次元ってことなんだろうか。


 それにしても、何だか頭がすっきりしてる。街の明かりがいつもよりまぶしく見える。体も軽く感じるし、走って帰りたい気分だ。


 受験勉強は憂鬱だけど、どうせ受験まであと少し。淡々と進めりゃどうにかなるだろ。帰ったら、見直しくらいはやっとくか。



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