第5話 異世界エステ


 今日もどこかに現れる、

 異世界へ通じる案内所。


 異世界を信じる者にしか、

 たどり着けない不思議な店。


 本日のお客様は、どなたでしょう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ホントやめてほしい、美肌ランキングなんて。


 生まれも育ちも、美肌ランキング最下位常連の我が県。私は街も県民性も気に入ってるし、そんなことで魅力ないとか言わないでほしい。


 とはいえ、肌トラブルに悩まされているのは事実。乾燥した強風、通称『からっ風』のせいだ。あきらめてる人もいるけど、私は肌がキレイだねって言われたい。だから、美容に結構お金かけてるんだよ。


 それでも悩みは尽きなくて、友達に相談したりSNSで愚痴ったり。そしたら「引っ越せば?」なんて言われて。もう、そういうことじゃないんだってば。


 仕事が休みの日は、化粧品めぐりがお決まり。デパートコスメは高くて手が出せないから、今日もプチプラコーナーをぐるぐる。最近は安くても質がいいものが多くて助かってる。


 帰宅したらすぐにパックで保湿。それから手に入れたコスメをあれこれ試す。さすがに化粧乗りは良い。けど、何の気なしにつけたテレビ、そこに映った異世界の美肌に、思わず嫉妬してしまう。


 エルフって肌キレイだな——架空の相手に言っても仕方ないけど。


 何となくやる気がなくなった。化粧は適当でいいから、気分転換にコンビニにスイーツでも買いに行こう。肌には良くなさそうだけど。


 住宅地を歩く。次の角を右に曲がればもうすぐ。


 ——と、見慣れない店が信号の手前に。


「お店なんてあったっけ?」


 看板がない、欧風のお洒落なお店。コスメ界隈にも似た雰囲気のお店あるけど、こんな場所じゃ立地が良くないと思うんだけどな。


 ちょっと覗いてみようか——。


「いらっしゃい」


 黒いローブを着たおばあさん。声も落ち着いていて心地いい。けど、内装を見る限り、化粧品を取り扱っている店とは思えない。


「すみません、ここは何のお店なんですか?」


「ここは『異世界案内所』でございます」


 何だそれ、新手の旅行業者か何か?


 私が不思議そうにしていると、おばあさんはパンフレットだと言って、木製の表紙の本を手渡してきた。読んでみると、猫耳族、魔法学院などなど、いかにも異世界って感じな内容。


 さらにページをめくると、気になるものが——。


「この『異世界エステ』というのは?」


「そちらは、美容に詳しい異世界の者が営む、トータルエステティックサロンでございます」


 ますます何だそれ、だ。でも、サロンは気になる。通いたくても高額過ぎていつもあきらめてしまっているし。


「あの……料金は?」


「五百円になります」


「え? やすっ! ありえないんだけど」


 怪しすぎない? でもって書いてあるし。あれかな、初回お試しの特別価格ってやつかな。


「それって、別料金とかかかります?」


「いいえ。すべて込みのお値段ですよ」


 信じられない。どうやったらそんな料金でできるんだろう——。私の様子を察して、おばあさんが付け加えた。


「安すぎるとお思いですか? ですが、私どもの世界は、こちらとは物価が百倍は違うのですよ」


「はあ……」


 分かるような、分からないような。経済の話、苦手なんだよな。そんなことよりもぎょっとさせられたのは、続くおばあさんの言葉だった。


「エステを営むエルフ族にとっても、貴重な財源でしてね」


「ん? エルフ族?」


 おばあさんはゆっくりうなずいた。私はあまりの驚きに、「体験なさいますか」の声に、食い気味に「はい」と答えてしまった。


 料金を支払って、光る通路を先まで歩くと——



 いきなりの森の中。木漏れ日が降りそそぎ、草花が足元を照らす。すぐ近くには小さな滝と泉。澄み切った水がたっぷりと光を纏っている。こんな場所、どう考えても私の近所には存在しない。


 見とれていると、木陰から声をかける誰かが。


「ようこそお越しくださいました」


 目に飛び込んできたのは——


 長い耳、エメラルドグリーンの瞳、金色に輝く長い髪。若草色を基調とした服を着ている。さっきテレビに映ってた、エルフそのまんまだ。


「……エルフ? 本物の?」


「そうですが」


 そんなわけない。いくら密かに憧れてた存在だからって、私ってば幻覚見るほど疲れてるの? 夢じゃないかと頬をぎゅっとつねってみたけど、ふつうに痛い。


「夢ではありませんよ? お疑いでしたら、私の耳、触ってみますか?」


 すぐ目の前で来て、優しくささやく。その心地よい響きに、吸い込まれるように彼女の左耳へと手を伸ばす。毛の質感は高品質の化粧用ブラシのような、なめらかな肌触り。耳の付け根から先には、潤いをたたえたすべすべの素肌が。


「あの……、くすぐったいです」


「あ、すいません……」


 左目を閉じて、両手を胸にあてて恥じらっている。なんだかいけないことをしている気分。ともかく、耳は作り物でないことは確かみたい。本物のエルフ、本物の異世界——ってことなんだろな。


 私は軽く咳ばらいをして、彼女に伝えた。


「夢でないことは信じます」


「それは何よりです」


 口元に手をあてて「ふふ」と笑う姿に、また私は見とれそうになった。


「さっそく始めましょうか」


「はい、お願いします」


 うながされるまま、泉の近くにある施術台に向かった。大自然の中にあるサロン、解放感がハンパない。


 下着姿でうつ伏せになる。他に人の気配もないし、恥ずかしさは感じない。気温もちょうどいい。小鳥のさえずりが行き交い、水面を走ってきた風が全身を撫でていった。


「まずは、特製のオイルを塗っていきますね」


 消え入りそうな、絶妙なささやき声。いろんなASMRを試したけど、ここまでの癒しボイスの持ち主は初めて。わずかに触れるくらいのなめらかな手つきで、ハーブ系のいい香りがするオイルを浸透させていく。


「お加減はいかがですか?」


「すごく気持ちいいです。このまま寝ちゃいそう」


 とはいえ、こんな最高で貴重な体験、寝てしまうのはもったいない。細部まで残さず全部、脳裏にしっかり刻んでおきたい。


「では次に、魔法で体をじんわりと温めていきますね」


「え、魔法?」


「はい。エステ用に改良した火の魔法です」


 異世界だとしたら、魔法くらいあって当然か。まあ、とりあえずやってみてもらわないことには、嘘か本当か分からないし。


 私の背中に向け、エルフが両手をかざす。見た目は気功みたいだけど——全身がいっぺんに暖かくなってきた。質のいい温泉より熱がよく伝わる。じんわり汗が噴き出してきた。これはかなりのデトックス効果が期待できそうだ。


 それどころか、どんどん体が軽くなってくるのを感じた。ひょっとして治癒の効果もあるのかな。よく見たら私の体、ほのかに発光してるじゃん。こんなの、魔法でしか無理では?


「たくさん汗をかかれましたね。ここで少し休憩を取りましょう」


「あ、はい……」


 欲を言えば、もう少し魔法の力を感じていたかったけど。


「体の中から綺麗になれる当店自慢の美容スープ、召し上がりますか?」


「はい、いただきます!」


 そんなの飲むに決まってる。何だこのお店、至れり尽くせりじゃん。トータルエステの店だし、あるかな~とは思ってたけどさ。


 木の香りがする器に盛られていたのは、きのこや薬草が入ったスープ。きのこの香ばしさと薬草の爽やかさが相まって、嗅ぐだけで頭の中まで癒される。


 ひとくち飲んでみる。生まれて初めての美味、例えようがない。うっとりと目を閉じる私の顔が答え。エルフもにっこりと満足そうだった。


 ——しばしの休憩の後。


 滝から舞う滴を浴びながら、泉の水を温めた湯船に浸かり、極めつけはお日様の元での全身マッサージ。これで寝落ちしないわけもなく——。


「お客様、起きてください」


「んにゃ?」


 気づけば、よだれを垂らして寝ていたわけで。ああ、みっともない。


「施術は以上になります。いかがでしたか?」


「最高過ぎて、私死んだかと思いました」


 寝ぼけた感想まで言ってるし。笑ってくれてるからいいけどさ。


 絶対また来ますと言って、案内所へと戻った——。



「ご満足いただけたご様子で」


 黒いローブからおばあさんの笑顔がのぞいている。


「そりゃもう。……ところで、またここに来るにはどうすればいいですか?」


 おばあさんは私の目をまっすぐ見つめて、「信じるものは導かれます」とだけ言った。もったいぶって、今さら異世界感出さなくても。でもまあ、少しくらい謎めいてたほうが気分も盛り上がるのかな。


 案内所を出る。コンビニは——もういいや。


 すっかり暗くなった住宅地へ引き返す。でも道は、はっきりとよく見える。憑き物が取れたように全身が軽い。


 もっと自分のこと、大切にしないと。一週間仕事がんばったら、週末は温泉地にでも行ってみようかな。




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