すきと好き
あきの丘
すきと好き
「10月8日」
僕は昨日、ある女の子から告白をされた。
時々会うことのある、気の合う友達に。
そして、「お付き合いしている」
という関係になったらしい。
正直言って、実感はあまりない。
1人、陽の光を浴びるベットの上。
微かに聞こえる鳥のさえずり。
無機質なアラームが鳴り響く部屋。
ボサボサになった髪を掻く。
いつもといたって変わらない朝なのに。
ひとつだけ、イレギュラーなことがある。
妙に心が甘ったるい。
なんとなく幸せ。
そんな気持ちに心が満ち満ちていた。
僕はこれからの日々を日記に残していきたいと思う。
シャーペンを筆箱に。
日記帳の最初のページを閉じ、
机にしまう。
もうこんな時間か。
カバンを持ち、
階段をバタバタと降りていく。
「行ってきます」
玄関を出ると、
ほんの少しだけ、冷たい風が頬を撫でる。
やっと秋らしくなってきた。
いつもと同じはずの景色。
青く遠く広がる空を、
まだまだ青々とした銀杏の葉が埋め尽くす。
桜のような華やかさはないが、
これもまたいいな、と思う。
☆ ☆ ☆
「10月22日」
お互い忙しい、ということもあり
なかなか会うことができていない。
同じ学校なら毎日会えたのに。
それでも時々、空いた時間に
電話でおしゃべりしたり、
メッセージアプリで会話をしたり。
遠く、距離を感じることはなかった。
そして僕は今日、彼女に文化祭に誘われた。
かなり直前に誘ってきたな!とは思ったが
その日の予定はなんとか空いていた。
久しぶりに会える。
胸は高まるに決まっている。
彼女もそうであればいいと思う。
☆ ☆ ☆
「10月25日」
文化祭に行ってきた。
うちの高校とは違う。
さすが私立、と言った具合であった。
彼女の教室は5階、縁日をやっていた。
僕のクラスと同じ。
少々敵情視察といった気持ちで、
教室に入った。
こちらに気づいた彼女は、
小さく手を振ってくれていた。
普段見られない制服姿。
それでも仕事中なので、
あまり接触はできず。
そこまで書き進めたところで、
ペンが止まった。
もうすっかり夜も更け、
いつもなら布団の中にいる時間だ。
椅子から立ち上がり、窓を開ける。
遥か彼方、一つの星が見えた。
今日はいろいろなことがありすぎた。
全部書いたらものすごい長さになってしまいそうで、
まあ、気持ちの整理にはちょうどいい。
今日のことをもう一回思い返してみよう。
1人で射的をし、
(二つ的に当てれた)
とりあえず教室を後にした。
行くあてもなく、
ほかの教室の出し物を覗きながら
フラフラしていたときだろうか。
彼女から連絡が来た。
○1時から部活の方の出し物あるから見にきて
場所分かりそう?
☆3階の右奥であってる?
○あってるよー
よし行くか。
そう思い立ち、
階段を降りて行こうとする。が、
ところがどっこい、
よくわからない先輩方に捕まってしまった。
「どこ行くか迷ってるでしょ?
ちょっとうちのとこ見にきてよ、
自販機やってるの!」
『どこですか?』
少し気になってしまった。
自販機ってどんなのだろう。
「そこ行って奥、すぐだよ」
『じゃあ、行ってみます』
「ありがとねー」
まあ、断れないのでね。
気になりもしたし、時間潰しにもちょうどいい。
このとき、僕はなぜか、
彼女との約束を忘れていた。
ほんとに自販機じゃん。
お金入れるところ。
商品。ボタン。
まんまだ。
ダンボールで、手作り感はあるけれども。
お金を入れる。
押す。
商品が出てくる。
お釣りも。
シュールだな、、、
なかなかにユニークな出し物だ。
その発想はなかった。
喉乾いていたしちょうどいいか、と
りんごジュースを一つ購入した。
この時に僕は、
彼女のことを思い出した。
なぜ忘れていたんだろう、
早く行かないと。
彼女と会って久しぶりに話したが、
ぎこちないものになってしまった。
部活の出し物。
持ち場も離れられないみたいなので、
結局、一緒にまわることはできなかった。
☆ ☆ ☆
あれから1ヶ月が経った。
暗い部屋にひとり。
「終わったんだな、、」
消え入りそうな声だった。
椅子に腰掛け、
天井を仰ぎ見る。
どうやら振られてしまったみたいだ。
いや、その言葉には語弊がある。
元に戻った、、、というべきだろうか。
少なくとも彼女はそう表現していた。
とりあえず今は、
これまでの歩みを振り返っている。
心の整理のために、この日記を使って。
こんなに早く見返す時がくるとは、な。
こう見るとなかなか恥ずかしいことを書いている。
浮ついていたのだろう。
到底、人に見せられるものではないな。
よもすがら君を想う。
机の明かりひとつ。
ページをめくり、
ペンを手に取る。
今を過去にするために。
「11月15日」
僕は彼女をお出かけに誘った。
ちょっとした観光地のようなとこだ。
通りで食べ歩きをしながら、
いつものようにおしゃべりしながら。
神社のおみくじが伏線でもあったのだろうか。
2人とも大凶であった。
でも、それはおそらく関係ない。
近くのカップルも大凶を出していた。
元々数が多いのであろう。
そしてその帰り、
駅前の商店街でのことだった。
彼女がおもむろに語り始めた。
「最近、いろいろ忙しくて、
私の方から連絡あまりできてないじゃん?
学校の方も、勉強に部活に忙しくて。
実は、うちの家に留学生が来ることになって、
こうやって出かけることも、難しくなると思うの」
留学生とは、特別な経験になりそうだな。
英語も上達できそう。
ただ、ぼんやりとそんなことを考えていた。
『うん』
相槌を打つ。
「だから突然だけど、友だちに戻りませんか?」
『うん。大丈夫だよ』
思考の時間はないに等しく、
心の乱れもなかった。
僕はただ淡々と、その言葉を受け入れた。
周りの人はどうだろう。
今ここで、恋人関係が解消されたと思うはずがない。
世界一静かな別れと自負してもいい。
まあこのような感じであった。
別れの打診をあの時、なぜ、
すんなりと受け入れることができたのか。
自分でもよくわからない。
「戻る必要はないよ」と言うこともできたはずだ。
関わる機会が減ったって、好きの大きさは変わらない。
「時々でもおしゃべりできたら十分」
「かたがつく、その時まで待つよ」とも言えたはずなのに。
この糸を繋ぎ止める手段はいくらでもあったはず。
「友だちに戻る」
この言葉が頭に反芻していた。
これは僕の解釈だが、
友だちの延長線上にあるもの。
それが彼女の認識なのだろう。
友だちとは別のカテゴリ。
これが僕の認識だ。
でもなんとなくわかるような気がする。
付き合う前と後とで、
特別何か変わったというわけではないのだから。
☆ ☆ ☆
朝の通学路。
秋も深まり、冬の足音がすぐそこまでやって来ている。
青く遠く広がる空を、
黄色い銀杏の葉が覆い尽くす。
2ヶ月にも満たない、短い関係。
それでも街の景色は、刻一刻と変化していた。
「きれいだなぁ」
きっと変わっていたのだろう。
僕も彼女も。
僕はこの変化を肯定したい。
頭上を覆う銀杏の木々を
「きれいだなぁ」と呟いたように。
寄りかかれる場所が無くなっても、歩いて行ける。
少なくとも今は、そう思っていたい。
すきと好き あきの丘 @akinooka
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