第8話
「待ってたよ~!」
ドアの向こうには、やっぱり白いワンピースを着た彼女がいて。
だけど次の一言が出るまで、少し間が開く。
そこを埋めるようにBGMが流れていて。
一息おいて、彼女は高らかに言った。
「見てみて! この小説!」
この言葉から、僕の結果はなんとなく察した。
去年と全く同じ流れで紙束を少女から受け取る。
かすかな希望を胸にその文字を追っていく。僕の作品が書かれていることを願って……
……………………
そこに僕の作品は、なかった。
「そうそう! 今度ね~、デートすることにしたんだ~」
とにかく、悔しかった。
今まで以上に全力で挑んだ夏さえも、あっけなく終わってしまうのだと。
やっぱり、創作を始めて1年ちょっとの自分じゃ人生を小説に捧げているような人には敵わないのだと。
絶望と希望と、それから、それから…… 僕の中で彼女の話し声とジャズの音楽が混ざって反響していく。
「あ、そうそう! 君の作品、良かったよ! じゃあね~!」
最後にそう言い残して彼女は去っていった。
◇
「お疲れ様、よく頑張ったわね」
彼女が帰っていったらすぐ、雪乃さんが話しかけてくれた。
「だけど、だけど……」
「あなたは頑張ったわ。ただちょっと時の運がなかっただけよ」
「それにさ、」と雪乃さんは続ける。
「最後に「君の作品、良かったよ!」って言ってたじゃない? あれ、結構すごいことなの。例えるなら文学賞の最終選考に残った、って感じかしら」
あと少しで届いたのだから、気に落とすことはない。そう言ってくれたけど、僕にとってはそのショックの溝を広げるだけだった。
せっかくここまで来たのに、なんで手が届かなかったのだろうか。
そう思うと、ただただ悔しさがこみあげてきた。
だけど心の底まで目を向けると、僕に残ったのは悔しさだけではなかったことに気が付く。
僕はこの時間を過ごして、得たものがあった。
一個を集中して取り組むという経験は、確かに自分のためになった。
あれだけ泣いた去年だって、あの出来事がなければ今のように勉強への集中力もつかなかっただろう。
そして何より、楽しい時間を過ごすことができた。
ひと時とはいえ、楽しい夢を見ることができた。
それが僕にとっては最高の宝物なのかもしれない。
まるで、パンドラの箱の最後に残った『希望』みたいに。
僕はクピっとコーヒーを飲んだ。
うん。この店のコーヒーは逸品だ。
さぁ、目覚めの時だ。
雪の降る季節。僕の夏が完全に終わった瞬間だった。
◇
そして瞬く間に、入学試験の本番がやってきた。
会場には僕を含む多くの受験生のピリピリとした雰囲気が。
「それでは、はじめ」
その瞬間、ページをめくる音が部屋中に鳴り響く。
僕も一呼吸遅れてページをめくり、問題を解き始める。
開いたページに書かれいていた文章には少し驚きながらも、スムーズに取り組むことができた。
あの夏を乗り越えた僕は、無敵だった。
どんな問題でもすらすら解ける気がしたし、実際そうだった。
周囲のコツコツとした音でリズムをとって、答案を描く。
ピリピリとした雰囲気をビリビリと破って、自分のペースに持ち込む。
その快感が忘れられない一日になりそうだった。
結果、どんな小説を書いた時よりも最高の自信にあふれていた。
◇
もちろんというか何というか、第一志望の大学に案外あっさりと合格できた。
夏の努力が実を結んだのは言うまでもないだろうが、ほんの少しの運も味方したような気がする。
だって、小説の勉強で読んだ本が、現代文の問題で出題されたから。
そう、小説だ。
もちろん大学入試を終えてうれしいし、ホッとしている。
だけど、だけど、本当は…………
彼女に、認められたかった。
小説で、認められたかった。
どうしようもなく、認められたかった。
その思いは、変わらなかった。
満開の桜を見てふと思う。
今頃、あの女の子はデートをしているのかな。
その相手にしか見せない笑顔がきっとあるんだろうな。
その表情、僕だって見たかったな。
その時、僕は自分の本当のキモチを見つけられた気がした。
「僕って馬鹿だなぁ」
そんな言葉しか浮かばなかった。
僕は弱い。
何がとは上手に表現できないけど、とにかく非力。
思春期というチープな言葉を使えば説明はできるのかもしれないが、この言葉を安易に使いたくはない。
だからこそ、アイデンティティを欲した。
小説を書き、あの子に認められることで、自分を見つけたかった。
だけどそれすらも幻想で、結局は何も成し遂げられなかった。
……まぁ、とにかく僕は弱いのだ。
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