第7話
それから、執筆と勉強の両立という過酷なスケジュールの日々が待っていた。
以前通り勉学に励みながら、隙間時間や休息時間になるとすかさずデジタルメモを取り出してキーボードを叩く毎日。
電車などの移動時間もスマートフォンを活用して校正の時間に。
そして大きな変化なのが、毎日の塾帰りに喫茶かすみに寄り道するようになったことだ。
そこではとにかく執筆、執筆、執筆……というわけでもない。
「なるほど、この小説はファンレターの形式をとっているのね」
一作を書き上げる度に雪乃さんに目を通してもらっている。
「二人の感情の動きにリアリティーがあっていいわね。もう少し具体的なエピソードを足すともっと良くなるかも」
このお姉さん、ほんわかした雰囲気に見せかけて結構なやり手なのだ。
話によると、創作者として引退した後もこの喫茶店で様々な小説を見てきたらしい。その審美眼は確かに本物で、尊敬に値した。
「おぉ……! ありがとうございます!」
「あくまでも大事なのは『自分が書きたいものを書く』ってこどだからねぇ。私の言っていることを真に受けちゃだめよ」
雪乃さんのアドバイスをもとに自作をじっくりと見返し、修正するところはもっといい表現に。
そうして一作、また一作と作り上げていく。
◇
模試の成績も伸び、作品の推敲も順調で、順調かつ過酷、だけど充実した毎日を送っていた。
しかし、そんな毎日もあっという間に過ぎていった。
端的に言うと、9月になってしまった。
「当分来れなくなっちゃうんだ」
そう喫茶かすみでのんきに話す彼女の時期がやってきたということだ。
つまりこの夏の創作活動の締め切りということ。
「あの、さ……これ、見てくれない?」
僕はこの夏の成果をカバンから取り出す。
「僕の書いた小説、受け取ってくれないかな?」
その分厚い紙束一枚一枚に、僕の丹精を込めた文章が記されている。
「わかった!」
その中の一作でも、彼女の瞳に輝いて映る作品があるといいな。そういう思いで作品を手渡した。
「うん、ありがとう!」
僕はうれしかった。
今年こそ、チャンスはある。
去年の僕とは変わったんだ。
なんてったって、この夏が最高で、特別な夏になったから。
行ってこい、僕の作品たち!
◇
それからは気持ちを切り替えて、学問に集中する毎日。
彼女の反応は当然気になるものの、その気持ちを抑えて勉学に励む。
別に、無理をしているわけではない。
仮に12月に最高の反応をもらえたとしても、受験がピンチだったら喜ぶ余裕もないと思ったからだ。
これも彼女、そして僕の夏のためだと思えば、入塾した当初よりずっと勉強に集中できた。
「いらっしゃい」
「雪乃さん! ブレンドコーヒー一杯!」
ちょっと前の積極的に会話していた時と比べて、随分と雪乃さんの口数が減ったのがわかる。
それも、やることはやって受験に集中している僕への配慮だなって、自然と分かった。
トクトクトク。
その証か、何も言わなくてもおかわりコーヒーを注いでくれるようになった。
そうして頭に知識を蓄え、過去問演習を積み、どんどんと僕は偏差値を上げていった。
最初は勢いだけで言った第一志望も、現実離れした伸び幅でだんだんと現実になろうとしていた。
◇
紅葉にハロウィンにと世間の時間はあっという間に過ぎ、また雪降る季節がやってきた。
年内最後の授業も終わり、冬休みへと突入、開けたらすぐに入学試験というスケジュールだ。
自宅の最寄り駅からいつもの店へといつも通り歩いていく。
すると窓から人影が見えた。
そのシルエットは――まさしくあの少女のものだった。
僕は思わず『喫茶かすみ』と書かれたプレートがかけられた扉の前で深呼吸をした。
だけど、この胸の高まりはより一層激しくなるばかりだ。
そんな時にふと思った。
この夏が終わってほしくない。
この夏が、永遠に続いていてほしい。
――だけど、向き合わなければいけない、と。
この扉の先では何が待っているだろうか。
それは入ってみるまでわからない。シュレディンガーの僕、とでも言ったらいいのだろうか。
この先にあるのは、悔しさか、嬉しさか。悲しみか、希望か。
わからないけど僕はここに飛び込むしかなかった。
最後にもう一度深呼吸して息を整え、トクトクという心臓の音ともにバタンとドアを開ける。
いよいよ冬が来る。僕の夏の総決算が行われる、運命の時が。
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