大学生編
第9話
大学に入って、数か月が経った。
今のところ、とても順調だ。
授業・サークル活動・アルバイト……どれをとっても順風満帆というしかない調子のよさが、逆に怖い。
それらとは別に、今も執筆活動を続けている。
僕は別に作家になりたいわけではないが、インターネットに投稿して反応をもらうのがちょっとした日々の楽しみになっている。
インターネットの住人は、僕が思ったより優しかった。
僕の作品のコメント欄は『続きが楽しみ』『考えさせられる』といった好意的なコメントで埋め尽くされている。
今の僕は幸せだ。
これも全部、小説を書き始めたおかげだ。
この事実だけを並べたら「通信教育の販促マンガかよ」って言われそうだけど、あながち間違っちゃいないんだな、これが。
小説の勉強に読んだ本が、入学試験の問題に出た。
時間のない中での執筆で、効率よく物事を進めるスキルが身についた。
小説のキャラを構想しているうちに、コミュニケーション能力も獲得した。
……えとせとらえとせとら。
そして何よりも、充実した夏の記憶が心にとどまっている。
あの事を思い出すと心が舞い踊るし、胸は苦しくなるし、つらい日々だって思い出す。
それらが全部きっと宝物で、今を生きる活力になる。
また、彼女に会いたいなぁ……
夏になったらまた会えると、この時の僕はのんきにもそう信じていた。
◇
夏季休暇(←この言い方かっこよくてちょっと気に入った)に突入するのも時間の問題だった。
僕は久しぶりの空き時間を用いて、喫茶かすみへと向かうことした。
目的は、あの少女に会うため。
あの夏からちょっとボロくなったプレートのかかったドアをカランカランと開け、店内に入る。
「あらいらっしゃい。ひとまわり成長したわね」
「それもこの店のおかげです。ありがとうございます、雪乃さん」
ジャズのゆったりとしたBGMは相変わらずだった。
◇
だけど、どれだけ待ってもあの女の子は来なかった。
毎日のように通っても、来なかった。
そうしてソワソワしながら、一週間が経過した。
「今日も来ないなぁ……」
それだけ確認して一気にコーヒーを飲み干す。
この生活が染みつき始めてきたころだった。
「ん? 誰か待っているかしら? 約束はしたの?」
「雪乃さん……僕がここで待つって言ったら、あの人しかいないですよ……」
「あぁ、あの女の子のことね」とお姉さんは見た目にそぐわないため息をついて言った。
「それは、君が大学生だからじゃないかしら?」
「ん? どういうことですか?」
僕は最初その意味が全く分からなかった。なぜかというと、初歩なんだけど圧倒的な見落としがあったから。
だけど、次の一言ですべてを理解する。
「そりゃそうよ。あの子は『小説を書いている高校生』のもとに現れるのだもの。大学生のもとには来ないわよ」
あっ……そういうことだったかぁ……
◇
その後夏、秋と季節は経過したものの、残念ながら想像通り、その後も彼女が僕の前に姿を現すことはなかった。
よく考えたら当たり前だった。
僕はもう高校生じゃないのだから、彼女の視野には入らないではないか。
だけど、当時の僕はそれすらもわからないほどの馬鹿だった。
それを受け入れた僕はでもやっぱりあの少女のことを思わずにはいれなかった。
この執着、これはある種の呪いなのかもしれないなぁ。そう思った。
もう季節はとっくに冬なのにな。
そんなことを思う大学の帰り道。今年は例年よりも積雪量が多く、見てる分には美しい。
「あっ、クリスマス短編書かなきゃな……」
なんて自分の投稿作の心配するくらいなら、彼女の心配をしろよ。なんてセルフツッコミを入れながら。
僕は一生あの子のことをこすり続けるのだろう。そう覚悟した。
……………………瞬間だった。
「見てみて! この小説!」
それは二度も僕を苦しめた定型文。
かすかに聞こえただけだったが、確かに耳に入ってきた。
もう、細かいことなんて考えてなんていられない。
僕はどこかで聞き覚えのある声に、思わず足を駆け出した。
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