第4話

 それからというもの、彼女のことを意識しない日はなかった。

 どんなSNSよりも、デジタルメモを眺めていた。

 どんな参考書よりも、小説技法の本を読んだ。

 どんなゲームよりも、執筆に熱中していた。


 ――すべては、12月に、笑ってもらうため。

 今までの虚無な日常とは異なり、最高に充実した生活をしていた。

 小説書きを趣味にして、本当に良かったと思った時間だった。


 小説を書き始めた半年前にはこうなるとは想像もつかなかっただろう。

 昼休みの教室のすみっこで、ふとデジタルメモを開く。

 何重にも階層化されたフォルダをたどっていくと、そこには黒歴史ともいえる創作初期の作品たちが。

 なんか久しぶりに読みたくなって、そのファイルを開く。



 ◇



 読んだ。

 正直に言って、自分とは思えないほどグロかった。


 別に生々しい表現が使われているわけではない。しかし、読んでいるだけで当時のことを思い出してしまう。


 ……何があったか、って?


 別に、特段悲惨な出来事があったわけではない。

 ただただ、日常が虚無だっただけだ。僕が弱かっただけだ。

 これを誰に相談しても「思春期だなぁ」で終わるのが気に入らなかったのを鮮明に覚えている。


 このままではダメだと思った。何か新しいことを始めなきゃと思った。

 なぜか現代文の成績だけは良かったから、とりあえず小説を書いてみることにした。それ以上の理由はなかった。

 ただただ、どうしようもない感情のはけ口として利用しているだけだったのだ。

 


 そんな何もない、惰性で過ごしていた日常は彼女と出会って一変した。

 彼女に少しでも近づきたく、起承転結を学んだ。

 彼女に少しでも近づきたく、推敲をきちんとするようにした。

 そしてそんな生活が、僕は幸せだった。



 ◇



 次に彼女に会ったら見せようと思って小説を執筆しているうちに、あっという間に雪降る季節になった。


 街ではクリスマスムードが漂い、イルミネーションが星よりも輝く、そんな放課後のことだった。


「いらっしゃぁい」

「雪乃さん、こんにちは」


 いつも通り希望を胸に僕は執筆をしていた、だけだったのに。


 カランカランと入口のドアが開いた。

 僕はすかさず目線をそっちに向ける。

 そこには、季節外れの白いワンピースを着た、あの子がいた。


 いつも通り僕の隣の席にちょこんと座り、彼女は口を開いた。


「見てみて! この小説!」


 どこからか取り出した紙束を僕の前に置く。


「たったこれだけ文字数なのに、このリアリティ! これを君と同じ高校生が書いたってすごくない!?」


 思わず、口をぽかんと開けて固まってしまった。

 てっきり、僕の作品についての話が聞けると思ったのに。

 

 本当はこんなもの見たくもないけど、彼女が置いた紙束に目を向ける。



 ◇



 一目でわかった。

 完敗だった。僕なんかと比べて圧倒的に上手な小説だった。


 少女は「高校生の書いた小説を集めている」と言っていた。

 僕以外の小説もたくさん読んでいて、その中には僕の何十、いや何百倍も素晴らしい作品があることをすっかり失念していた。


 この小説の作者はとにかく技法が巧みだった。


「この子はね~、小学生のころから小説を書いているんだって! すごいね~」


 彼女の言葉もそれを裏付ける。

 本当は、それよりも僕の話をしてほしいのに。


「それに比べて、僕は……」


 ぽつりと、か弱くつぶやいた。

 創作はつい最近始めたばかり、なのに自信作とかイキっている井の中の蛙に過ぎなかったのだ。


「今度ね~、この子とデートすることにしたんだ~」


 僕の苦痛も知らず、彼女はのんきに話を続ける。

 あぁ、どこかの誰か、君はいいよなぁ。この子の意中を独り占めして、さぞかし幸せなんだろうなぁ。


「いやぁ、今年集めた作品は力作だらけだったよ~。いい一年だったなぁ」


 その「力作」の中に僕の小説は入っていないんでしょ。わかっている。


 僕は思わず机を叩く。

 バンッ、と店内に音は鳴り響き、僕のカップに入っていたコーヒーは皿にこぼれてしまう。


 やってしまった……と思いながら横を向いたら、彼女はレモンティーのコップを手に持っていて、相変わらず笑顔でその人のことを語り続ける。



 もういい。創作なんてもうゴメンだ。



 それ以降のことは、覚えていない。

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