第28話 守下の行方

 強い衝撃が再び加わり、紫音と葵は体制を崩した。すんでのところで戻ってきた堀越とそばにいた和泉が、身を挺して二人と床の間に入り込んでくれたおかげで、身体へのダメージは最小限で済んだ。モニターにターミナルの映像が映っているのが分かると、すぐに扉をこじ開けてタイムマシンから脱出した。

 すぐにスピーカーから切羽詰まった声が届いた。


「こちらオペレーター。状況を報告してください」

「こちら紫音。第2調査団の失踪に笠木と守下が関わっている可能性が高い。守下の身柄の確保を要求する」


 それだけ伝えると、紫音たちはすぐに消毒ルームへと入っていった。ボロボロになったタイムマシンの姿も相まって、事態が深刻な状況にあることは明らかだった。オペレーターはすぐに所長の八雲につなぎ、状況を説明した。

 その間に紫音たちは消毒を済ませながら今後の作戦について話し合った。


「ここからどうする? 警察に任せるか?」

「いや、私たちも守下の元に向かおう。催涙煙幕を仕掛けてきたことといい、私たちを安土に置いていったことといい、何かとんでもないことを企んでいる気がしてならないんだ。だが、オペレーターたちの反応を見るに、守下の乗ったタイムマシンはここに来ていないと考えられる。とすると、あいつは別の場所を行き先に指定した可能性が高い」

「でも先輩、その場所って分かるんですか?」

「発信機が機能していれば、タイムマシンの到着先は特定できるはずだ」

「発信機? タイムマシンにくっついてるやつは外されてたはずじゃ?」


 葵の疑問をよそに浄化装置からホログラムを映し出すと、発信器の信号を探知し始た。その時、天井から安心する声が聞こえてきた。


「八雲だ。今しがた、警察に連絡を入れた。居場所は分かるか?」

「たった今、座標を送りました」

「これは、かなり山奥だな」

「研究所からどれぐらいで到着するかわかりますか?」

「そうだな……。この場所だと、二十分はかかるかもしれん」

「っ、二十分か」


 それじゃ遅すぎる。一刻も早く向かって止めなければならんというのに。

 唇を噛んでいると、横から和泉が「紫音、どれぐらい時間があればいい?」と尋ねてきた。その意図は分かりかねたが、今は藁にもすがりたい気持ちだ。


「なるべく早く」

「そう。だったら」


 何やら覚悟を決めたというような顔になった和泉は一歩前に躍り出た。

 消毒が終わり、いよいよ奥の扉が開き始めた。


「ついてきて!」


 声を張り上げた和泉は突然走り始めた。その背中を紫音たちも慌てて追っていく。検疫官の待つ個室を通り過ぎた時、遠くから茜の呼び止める声が聞こえた気がしたが、振り向きもせずにロビーを抜けて駐車場へと向かった。


 さまざまな車が止めてある中、ひときわ赤く輝いている一つのスポーツカーが視界に入った。車の持ち主である和泉が一目散に駆けていくと、ロックを解除してエンジンを付けた。


「これはガソリン車か?」

「正解。自動運転だとスピードが出ないし、ドライブの柔軟性に欠けるからね。さ、早く乗って」


 紫音たちが席に座ると、ドアが自動的に閉まり、安全運転を心がけるよう促すアナウンスが再生される。だが、そんなのお構いなしと言わんばかりに、和泉はアクセル踏んで急発進させた。

 メーターが振り切るほどの急加速に身体がぐぐぐっと座席に押しつけられる。このまま押しつぶされるのではないかと思ってしまうほどに強い圧迫感を覚えた。


「す、すごいGだ」

「ちょっと苦しいと思うけど、我慢して」


 そう言うと、和泉はさらにアクセルを踏み込んだ。

 見慣れた町並みがびゅんびゅん通り過ぎていき、対向車が鳴らすクラクションも置き去りにしていく。大きな通りに出るとさらにスピードが上がり、信号すらも無視してひたすらかっとばしていった。

もはや生きた心地がしない。


「ど、どれぐらいで着きそう?」

「あそこなら、三分あれば十分!」


 交差点で華麗なドリフトを決めながら曲がっていき、道行く車の間を巧みに縫っていく。時速二百キロは優に超える速さで町中をかっ飛ばしていくのは、なかなか生きた心地がしなかった。葵も堀越も心なしか、少し顔色が悪そうに見える。


 紫音たちの住む町をあっという間に通り抜け、気づけば田んぼや畑ばかりが目に見えるようになってきた。過疎化の進んだ田舎道だから、車通りはほとんどない。

 身体もほんの少しだけ慣れてきた。


「よりによって奴らが毛嫌いするような技術に乗って向かうなんてね。挑発以外の何ものでもない」

「でも、案外悪くないでしょ?」

「ああ。最高だ」


 簡単な談義にふける余裕も出てきたところで、車のスピーカーから着信を知らせるアナウンスが流れた。和泉が応答するよう指示すると、すぐにすさまじい怒号が飛んできた。


「和泉! 今どこにいる! すぐに引き返せ!」

「……」

「堀越、お前もいるのだろ! 聞こえているのは分かっている! さっさと返事をし──」


 通信をブツ切りした堀越に思わず目を丸くしてしまった。何せ電話の相手は、二人が鬼軍曹だと恐れていたあの長官だったからだ。


「けっこう怒ってる感じだったけど、背いちゃっていいのか?」

「……構わん。素直に従って手遅れになりでもしたら、それこそ本末転倒だからな」


 堀越の持論に対し、和泉も大きく頷いた。


「でも、どうして引き返せなんて」

「装備が万全でないと分かっているからだろうな。和泉の私用車だから、普段使用しているような武器の類いは当然入ってない。防具はいくつか入ってはいるが、どれもほんの気休め程度さ」

「なるほど。でも、守下相手にそこまでの重装備が必要なのか?」

「念のためってやつだ。能ある鷹ほど爪を上手く隠していることが多いからな」


 たしかに堀越の言うとおりだった。守下が武器の類いを持っていないと証明されているわけではない。そもそも、催涙煙幕を持っていることにすら、直前まで気づけなかったのだ。ナイフのひとつぐらい隠し持っていても、なんら不思議ではない。


「もうすぐ着く。準備に入って」

「りょうか、うわっと」


 突然、体がぐぐっと左に持って行かれた。強烈なGとドアに挟まれ、体が押しつぶされそうな感覚を覚える。紫音らの乗る自動車はとある建物の前で急停止した。


 スマホを確認すると、和泉の言葉の通り、発信器の示す場所には三分弱で到着したことが分かった。それと同時に、茜からの着信が何件も届いていることに気づいた。だが、それに対応するほどの余裕はない。言葉で言い表せない嫌な予感が全身を駆け巡っている。いまはとにかく、先を急ぎたかった。


 着いた場所には比較的新しめの一軒家が建っていた。だがカーテンは閉め切られ、物音一つ聞こえない。二階にいたっては窓すらなく、観察すればするほど気味の悪さが増幅していくように感じた。


 扉に手をかけるも、当然鍵がかかっている。どうやって侵入しようかと考えていると、奥の方から「こっちだ」と叫ぶ声が飛んできた。庭の方に回ると、両腕で顔を覆う堀越の姿が目に入った。次の瞬間、堀越はガラス張りになっている扉めがけて全力でタックルをかました。


 衝撃に耐えかねた扉は粉々になり、辺りにガラス片が散乱する。思わず目を丸くしていると、周囲の安全を確認した堀越は腕を上げて前後に動かした。突入の合図をもらった紫音たちは植物に溢れたその部屋の中に入る。すぐに上へと続く階段を見つけると、堀越を先頭にして駆け上がっていった。


 階段を上ると、突き当たりの方に侵入を拒むかのように大きなドアがそびえ立っていた。堀越と和泉がそれぞれタックルと蹴りを入れると、金属製のドアは重々しく倒れていった。

 中に入ると、そこには何かを打ち込んでいる守下の後ろ姿があった。そばには奪われたタイムマシンがあり、正面の大きなモニターには一台の小型ロケットが映し出されていた。


「守下!」


 紫音が声を張って呼びかけると、守下は手を止めて体を振り向けた。不気味に微笑むその様に、思わず背筋がこわばる。


「あら、もうバレちゃったの? タイムマシンの発信機は全部切っておいたはずなのに」

「自前のやつを堀越にこっそり仕掛けてたもらったのさ。分隊行動を取っている時にね」


 昨晩に思いついたこの案だが、できれば役に立ってほしくなかったというのが本音だ。

 守下は袖裏に取り付けられた発信機を取り外すと、恨めしそうに睨みつけた。


「なるほど。こんな小細工を施していたとは。」

「さて、なぜこんな真似をしたのか、白状してもらおうか」

「何って、至極簡単な話だ。人類を滅亡させるのさ。私たちが生み出した特製のウィルスによってな」

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