第24話 嵐の前の静けさ
夜ご飯を食べ終えた後、紫音は外の空気を吸いに外に出た。
和泉と堀越も同じことを考えていたらしく、近くの木に寄りかかりながらぼんやり夜空を眺めていた。
「ここにいたのか」
「まあね」
和泉は返事をしながら、白くて丸いものをかじった。
「それは、まんじゅうか?」
「そ。市場で買ったやつ」
「これ結構いけるぜ。日本酒とかありゃ完璧だな」
美味しそうにまんじゅうを咀嚼する堀越は手でおちょこを持つような仕草を見せた。
一方で、最後の一口をお茶と一緒に飲み込んだ和泉は何やら神妙な面持ちをしていた。
「紫音。ここで言うのもあれだが、あの女には気をつけた方が良いかもしれない」
夜風がさっと吹き、森がかすかにざわめく。月夜に照らされた彼女の瞳はまっすぐこちらを見つめていた。
「ふむ、その心は?」
「死体だと知りながら自分で見に行ったっていうじゃない? それなのに平常運転でいられるなんて、研究者という点を抜きにしても普通じゃない。感覚と言われたらそれまでだけど、それでも警戒するに越したことはないと思う」
理由を聞いた紫音はため息をついた。なぜなら反論できるほどの論拠も推測も、全くと言っていいほど持ち合わせていなかったからだ。
タイムトラベルでは通常、お互いを信頼し、疑わないことがとりわけ大事とされている。これはタイムトラベルという現代の常識が通用しない旅に置いて、不信を抱くことが命取りになりかねないからである。だが今回は笠木の件もあって、そうも言ってられない。いつもより疑念を抱きやすくなっている状態にあるのは確かである。
唯一の救いは、戦闘面に比較的長けている陸上自衛隊の隊員がそばにいてくれているということだ。二人との連携を大切にしつつ、もう一人の女に対する警戒心を高めておこうと決めた。
その後、堀越からついでに「普段の守下について何か知らないか」と聞かれたが、部署も研究内容も全く違うため、あいにくほとんど接点がなかった。それに普段、守下が何をしているのかという話も全く聞いたことがないため、思えばその素性はかなり謎に包まれているということに気づいた。
「あらかじめ、所長に聞いておくべきだったな」
「でも、ここに来ちまったからには仕方ねえ。できれば、和泉の考えすぎで済んでほしいもんだ」
その言葉を最後に、しばらくは風の音だけがその場を支配した。二人そろって夜空を見上げるその姿には、陸軍という肩書きを背負う者の覚悟が表れているように感じた。
それをやや遠巻きに見つめていた紫音の頭にとある計画がふっと降りてきた。
「そうだ。堀越、少し頼みたいことがあるんだ。和泉も聞いてくれ」
「ん?なんだ」
ちょいちょいと手招きし、声を限りなく落として頼み事を伝えた。そのとき、ひときわ強い風が夜の森に吹きすさび、ざわざわと音を立てた。風が収まったころにちょうど話し終えると、二人にはしっかり伝わったようでうんと大きくうなずいた。
「んじゃ、頼んだぞ」
「ああ。任せてくれ」
翌日、紫音と和泉は情報を仕入れるために再び城下町へと降り立った。
昨日に引き続いて捜索をしてくれている三人のためにも、そろそろ何か手がかりがほしいところだ。だが午前中はたいした情報が得られず、ただ時間だけがむなしく過ぎていくばかりだった。
「昨日と大して変わらないな~」
角のお店で買ったお団子を口にしながら、もう何周したかも分からない道を練り歩く。今日も少しだけ曇ってはいるが、雨が降るほどではなさそうだ。
小さな小袖に身を包んだ子どもたちが笑いながら横を通り過ぎ、若い男女が店の棚を挟んで世間話に花を咲かせている。建屋の中笑い声が漏れ聞こえ、彼らの上空を小鳥たちの群れが悠々と飛んでいく。
生活の豊かさは現代と違えども、そこにはたしかに「平和」の二文字が存在していた。ハイテクな代物などなくても、みなが思い思いに時間を過ごしている。こころなしか、時の流れかゆっくりになっている気がするが、あながち間違いではないように思える。数字や成果に過度に追われることなく、ある意味人間らしい生活を送っている様は自分たちも見習わないといけない。
そんなことを考えながら、最後の団子を飲み込んだ。
午後は町の反対側に行こうか、と考えたところで、和泉から『今すぐ城下町の入り口に来てほしい』と連絡が入った。
急いで待ち合わせ場所に駆けつけると、何やら遠くを見つめる和泉を発見した。
「和泉、お待たせ。どうしたんだ?」
声を掛けながらその視線の先に目をやると、大勢の人が何かを見ようと背伸びしたり、ぴょんぴょん跳びはねたりしているのが見えた。
「あれはいったい?」
「つい十分ほど前は人もまばらだったんだけど、少し目を離した隙にあんな感じになっていたの。武士も何人かいるみたいだけど、どうしたら良い?」
「……ひとまず行ってみるか」
浄化装置の通信機を作動させ、葵たちにこちらの声が届くようにしてから群衆の中に潜り込んでいった。
「うーん、よく見えないな」
「こんなに人がいるなんて、きっと大変なことがあったのね」
「そうみたいだな。この前みたく、スリが一人捕まったってわけでもなさそうだ」
集まっている人の会話に耳をそばだててみると「祟りだ」という声があちこちから聞こえてきた。その表情や声色からは、得体の知れないものに対する恐怖のようなものがにじみ出ていた。中には絶望のあまり、その場にうずくまってしまう人までいる始末。
これはいったいどういうことだ?と疑問に思っていると、聞き覚えのある声が二人の意識を引いた。
「あら、あんさんがた!」
「女将さんじゃないか。こりゃどうも」
「ひとつ聞きたいんだが、どうしてこんなに人が集まっているんだい?私らの背丈じゃ、看板がよく見えなくて」
「それが、近くの村で謎の流行り病が起こったらしゅうてな。なんでも、体中が火照るだけじゃのうて、小さなあざみたいなもんがいくつも浮き上がってしまうんやと。赤もがさでもないみたいやし、突然の出来事やから、みな困っとるんです」
「ふむ、流行り病、か」
そりゃ、皆がこれだけ不安に駆られる訳だ。
謎が解けて納得感を得られたところで無線から「……変だな」と、訝しむ葵の声が聞こえた。
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