第23話 カウンセラー・紫音

 タイムトラベル先でショッキングな出来事に遭遇した場合に、カウンセラーとなって心を支えるのも紫音の役目だ。


 まず最初に堀越を呼んだ。さすが軍隊に身を置いているだけあり、これといった不調や異常は見られなかった。軍隊ならではの強靱なメンタルを作る方法はいつか教えてもらいたいものだ。


 次に守下。日々、動物の命に触れながら研究しているせいなのかは分からないが、話している中で死に対する抵抗感が著しく低いように感じた。死体を自分から目にしたと聞いたが、頭を機械にでもされたんじゃないかと思えるほど冷静な様子を見ると、さほど驚きもしなかったのだろう。動物を研究している以上、"死"というものが身近なのかもしれないが、もしや人間に対しても同じ感覚を抱いているのだろうか?


「何か聞きたいことでもあるのか?」

「いや、大丈夫だ。何か変わったことがあったら遠慮なく言ってくれ」


 扉に手を向けて退席を促すと、守下はキビキビとした動きで部屋を出て行った。完全に姿が見えなくなったのを確認すると、声が出るぐらい大きく息を吐いた。


 カウンセリングしている間も多くは語ってくれず、尋ねたことについて簡潔に答えるのみ。変に張り詰めた空気をほぐそうとしたものの、途中からは諦めざるを得なかった。


 話してみれば少しはわかり合える部分があるかも、というわずかな期待はもはや粉々に砕け散った。今まで関わってきた人の中でも超がつくほど苦手な部類だと確信した。今回の調査が終わったら二度と顔を合わせるもんか。

 かき乱された脳内を切り替えるべく、紅茶を三口ほど口に含むとドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ~」


 声を掛けると、ドアの奥から小さな後輩が姿を見せた。


「お、お願いします」

「気分はどうだい?」

「自分でも、よく分かんないんです。心がぐちゃぐちゃして、頭がぐるぐるしてて」

「普通に生きていたら、まず目にしない出来事だからな。それは仕方ない」

「……ずっと、考えてたんです。この前の調査の時にもっと行動範囲を広げてれば、もっと注意深く捜索していればって。そしたら、助けることができたかもしれないって。そう考えたら、僕はいったい、何してたんだろうって」 


 嗚咽する葵の小さな頭に、紫音はぽんと手を置いた。そのまま優しくなでてあげると、葵はただうつむいてそれを受け入れた。


「大丈夫。葵のせいじゃないってことは分かってるだろ?」


 いつもより一段と優しく尋ねると、葵は小さくうなずいた。


「たまに言ってるだろ?辛いことがあったら、もっと甘えてもいいって。変に強がらずにね」

「……で、でも、甘えるっていったって、どうすればいいんですか?」


 困ったように聞かれると、紫音は少しだけ考えるそぶりを見せてからニッと微笑んだ。


「例えば、こうするとか?」


 おもむろに立ち上がった紫音は両手をばっと広げた。当然のように困惑した後、取るべき行動を理解して慌てふためく後輩を喜々として見守る。だが、あくまで向こうから甘えてくれないと意味がないのだ。

 部屋の外に逃げようとする葵より先回りして、唯一の扉に立ち塞がる。


(ほらほら、強がるのはやめて投降したまえー)


 本音と理性、それらを取り巻く感情とがせめぎ合っているのであろう葵の苦悩する様子を見て愉悦に浸っていると、ほどなくして葵はぎゅっと目をつぶり、紫音の体に飛び込んできた。いささか勢いがつきすぎていたせいでドアに背中を打ち付けたが、その小さな体をしっかりと受け止めた。


 頭と背中を優しくなでてやると、葵は肩を震わせながら再び小さな嗚咽を漏らした。別の部隊とはいえ、同じ研究員の遺体を目にすれば、心にくるものがあって当然だ。葵は人一倍優しい分、こうした負の状況からの影響をもろに受けてしまう節がある。


 JSTLに入ってから心身ともに強く頼もしくなったとは思っているが、まだまだ未熟な部分も多い。メンタルが落ち込んでしまった時には、やや強引にでも支えてやるのが先輩としての責務だ。

 後輩の気持ちが落ち着くまでしばらく待っていると、やがて小さな頭がお腹から離れた。


「もう良くなったか?」

「……はい。ありがとう、ございました」


 目を伏せながらもしっかりお礼を告げた葵の頭をもう一度、軽くなでてやると顔も伏せてしまった。それを見て勝手に満足した紫音は軽々と立ち上がり、部屋の扉を開いた。


 部屋の外に出ると堀越が駆けつけてきて、

「さっき、なんか鈍い音が聞こえたが大丈夫か?」

と心配そうに訪ねてきた。


「ああ。大丈夫だよ」

「そうか、なら良かった。葵、調子はどうだ?」

「お、おかげさまで、良くなったと、思います」


 耳を赤くしてうつむいてしまっているが、幸いというべきか、堀越はあまり気にしていないようだった。自分が座っていた席に葵を連れていくと、楽しそうに話をし始めた。


 この日は皆の心理的負担を考慮し、これ以上の捜索をやめることにした。深刻な不調こそ見られなかったが、心が負った疲労は回復に時間を要する。今日はゆっくり休んでもらい、万全の状態で作戦に臨んでもらうのが目的だ。


 紫音の決断に反対する人はいなかった。皆がタイムマシンの中で思い思いに時間を過ごしていると、外はあっという間に暗くなっていた。

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