第22話 散らばるガラスの先には
「どうした、葵?」
「見てください、これ」
「これは、ガラスか?」
「おそらく、そうだと思います。ですが、こんな森の中に点々と散らばってるのは少しおかしくないですか?」
「たしかに妙だ。この破片を追っていけば、何かあるかもしれん」
三人はガラスの破片を辿ってしばらく道なき道を進んでいった。森の奥に入っていくにつれて薄暗さはさらに増していき、そこかしこから獣の臭いが漂ってくるようになっていた。
恐怖がじわじわと体を支配していく感覚を覚えながら歩いていると、
「待て」
という鋭いひと言に、心臓がキュッと締め付けられた。もっと優しく言ってほしいな、と胸をさする葵の思いをよそに守下はその場にしゃがみ込み、地面の上にそっと手を置いた。そして浄化装置から映し出されたホログラムディスプレイを操作すると、目の前の空間が唐突にゆがみ始めた。やがて、何もなかったはずの場所には迷彩柄のテントがその姿を現した。
「何もないところから、テントが!?」
「タイムマシンを隠すのに使われているものと同じ技術ですよ。しかし、どうしてこんなところに?」
葵が首をかしげている間に、守下はズカズカと中に入っていった。
「ちょ、待ってください!よくそんな堂々と入れますね」
「透明化の技術を扱えるのは私たちの時代の人間しかいないだろ。中から武士が出てくる可能性もほぼ皆無だ」
「でも、笠木さんのことがあったじゃないですか。もしあの人が何か仕掛けていたら」
「それもありえん。わざわざそんな手の込んだことをする理由がない」
心配する気持ちを一蹴された葵は複雑な気持ちになりながらテントに入った。中には寝袋が二つと簡易的な机、そしてランタンがあるのみ。つい最近まで人がいたような気配とまだ午前中とは思えないような薄暗さが不気味さを加速させる。
おそるおそる歩みを進めていくと、固い何かを踏みしめた感覚が足に伝わった。
「ひっ!!」
足下の感触だけで寝袋越しに何かいるのだとすぐに感じ取った。その中に潜んでいるもののなかで考え得る最悪の正体が頭をよぎり、背筋がいっきに冷え込んだ。
そっと足を引いてから堀越の方を見ると、すぐに駆けつけてくれた。
「ちょっとさがってろ」
堀越が寝袋に手を添えると、途端に表情がこわばった。頭の方に回り、寝袋の口をゆっくり開けると、ゆっくり目を瞑った。
「ど、どうしたの?」
「……死体があった。人間の」
重い声がその場にいる全員の肩にのしかかる。
「そんな……」
「顔を見る限り、第2調査団の一人で間違いないと思う」
守下はすぐに堀越のところに近寄ると、寝袋の頭をばっと開いた。思わず顔をそむけると、机の上に便せんが置かれていることに気づいた。震える足に鞭を打って机に近づいて便せんを開くと、一枚の手紙が入っているのが見えた。
「薬品処理されてるな。どうりで腐敗臭がしないわけだ」
「ずいぶん冷静だな。って葵、それなんだ?」
「手紙みたいです。机の上に置いてありました」
中身を取り出そうと指を入れたところで、守下が口を挟んだ。
「中を見たが、遺書のような書き草だった。この調査員が書いたもので間違いないだろう」
「遺書……」
まだ自分とは縁遠いと勝手に思い込んでいたもの。それを今、両手で握っている。
自分たちが調査にいそしんだり、つかの間の休息を堪能したりしている間にも、この人はひたすら助けを待ち続けていたかもしれない。そして、その願いは叶うことなく、無念さに苛まれながら人生に幕を下ろしたのかもしれない。
そう考えると、まるで書いた本人の魂を握っているかのような気持ちになり、だんだん恐くなってきた。
固まる身体を無理矢理動かして振り返り、ゆっくり顔を見上げた。
「あ、あの」
「なんだ」
「これ、守下さんが持っていただけませんか?」
「ああ、構わん」
便せんを渡すとようやく一息つけた気がした。
「とりあえず、城下町にいる二人に連絡した方が良さそうだな。俺から入れておくよ」
「ありがとうございます」
「では、私たちも戻るとしよう。後で回収に来れるよう、座標の位置を記録するのを忘れるな」
「は、はい」
こうして三人はテントを後にした。行きよりもずいぶんと会話が減ってしまったが、無理もない。第2調査団の隊員とおぼしき死体があったという事実が、脳に色濃く焼き付いてしまっている。
灰色の空からぽつり、ぽつりと雨粒が落ち始めていた。
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葵が一連の出来事を整理して話し終えると、紫音はそれを何度も頭の中でかみ砕いた。この事実はとても一口では飲み込めない。
「なるほど。状況は理解した。しかし、遺書と死体か。それに、もうひとつの寝袋は笠木のものだった可能性が高いと見るべきだろうな。遺書にはなんと?」
「家族への感謝とJSTLへの謝辞。それから、第2調査団に何が起こったのかが書かれていた。タイムマシンが突然爆発し、制御を失ったと。そこから助かったのは二人だけだったが、探索している途中で浄化装置の一つが壊れてしまったらしい。比較的傷が浅かった同僚の笠木に残りの浄化装置を持たせて食料の調達を頼み、自分は助けを待っていたそうだ。だが程なくして体調が悪化し、死を悟ったことからこの遺書を書いたとのことだ」
「そう、か」
紫音はその場で目を閉じ、両手を合わせた。
笠木の思惑も知らず、ただ救助が来ると信じて待っていたであろうこの研究員の無念さを思うと、やるせない気持ちがじわじわとつのってくる。せめて最期は、安らかに眠れたことを祈るばかりだ。
「みんな。死人を目の当たりにして、多かれ少なかれ、精神的にくるものがあっただろう。今日は捜索を取りやめて、心身を落ち着けることに時間を使ってくれ。それと、これから簡易的なカウンセリングを行う。一人ずつ、あの部屋に入ってきてほしい」
そう伝えると、紫音は手元のホログラム型タブレットを操作しながら奥の部屋に入っていった。
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