第21話 緊急通信
市場は相変わらずの賑わいようで、至るところから威勢の良い声が聞こえてくる。
「前と大きな変化は、今のところないみたいだな」
「変化って、どういうこと?」
「この間、笠木がそれなりに暴れてみせただろ?あれは本来の史実にはまず存在しない出来事だ。そういった行動がきっかけで、後の時空に影響が及ぶ可能性がゼロとはいいきれない。もしそれで史実が変わりでもしたら、それがいかにまずいことを引き起こすか想像に難くないだろ?」
和泉は少し考えるそぶりを見せてから、小さくうなずいた。
「そうね。映画とかでしか見ない話だと思っていたけど、それが実際に起こったらって考えると、けっこう恐ろしいかも」
「けっこうどころじゃない。ものによっては、天変地異レベルで影響が及んでしまうんだ。タイムトラベルから帰還したら見知らぬディストピアにたどり着いた、なんて話もフィクションじゃなくなるかもしれない」
そこまで伝えると、和泉の表情が少しだけ曇ったのが分かった。
「ねえ、紫音。今までにも史実が変わってしまったことってあるの?」
やや不安げに尋ねてきた和泉の懸念を払拭してあげるように、首を横にやや大きく振ってみせた。
「いや。幸いなことに、今のところは起きていない。ただ、用心するに越したことはないけどな」
「そう。なら良かった」
和泉はいくらか安心したというように口元を緩ませてみせた。
歴史改変というのはそれだけでどんな影響が及ぶか計り知れない事象だ。下手をすれば、いまいる時空が自分の存在もろとも消し飛ぶという可能性もゼロとは言えないらしい。ゆえに今までも、そしてこれからも、決して起こしてはならないのだ。
そこからしばらくは城下町を練り歩き、めぼしい情報がないかを探し回った。そうして城下町を一周したところで突如、浄化装置から声が聞こえてきた。
『こちら堀越。声を出せるなら応答願う』
なんだか嫌な予感がする。
「こちら紫音。応答可能だ」
『了解。事態は思ったよりもまずいことになってそうだ。今からタイムマシンに戻ってこられるか?』
「っ、了解。ただちに帰還する」
連絡を受けた紫音たちはすぐさまタイムマシンに戻っていった。道中、やり場の無い胸騒ぎが焦りをつのらせていった。
タイムマシンに到着すると、既に三人が椅子に座って待機していた。
「みんな、大丈夫だったか?」
「ああ。なんともないぜ」
そう言って親指を立ててみせてはいたが、どこか表情が暗く見える。他の二人も神妙な面持ちだ。
「いったい何があったんだ?」
「えっと、ぼ、僕から説明します」
そう言って深く息を吐くと、葵は分隊行動での出来事を振り返り始めた。
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紫音らを見送った後、捜索部隊は鬱蒼とした森の中をおそるおそる進んでいった。おどろおどろしい、という言葉がここまでしっくりくる光景もなかなかない。雲に覆われた空から漏れる日差しは雀の涙ほどで、森の中まで届く訳がなかった。
「こ、ここここ、こんなとこに入って、だ、大丈夫なんでしょうか?」
「なんだ? 嫌なら戻ったらどうだ?」
「あ、えっと……」
突き刺すような圧を前に、葵は縮みあがってしまった。
やっぱりこの守下さんという人はおっかないな、とビクビクしていると、もう一人の男が口を開いた
「安心しろ。何のために俺がついてると思ってる?」
親指を立てる堀越に励まされたように感じた葵は少しだけ口角を上げた。
実は盗まれた財布の奪還作戦を通じて、堀越は頼れる兄貴分になっていたのだ。
一見コワモテに見えるけど、話してみると実は繊細でこだわり強い一面もあって、とても親しみやすい。
それに何より、歴史に関心があると言われたのが大きかった。驚きながらもわけを尋ねると、今の上官から「ただ体を鍛えるだけではだめだ。歴史を知り、軍服に袖を通す意味を深く理解せねば、一人前とは呼べん」と言われたそうだ。ただ、当時は闇雲に学ぼうとしてすぐに挫折してしまったらしい。
それもそのはず、歴史というのは時間の流れと切っても切れない関係にあり、闇雲に学ぶのにはあまり向いていない学問だ。その流れのどこか一部分を見落としてしまうと、その後に起こった出来事の背景が途端に見えなくなることも多い。そうなると、ただ歴史用語だけを追うだけになってしまい、理解が追いつかなくなってしまう。こうして挫折してしまう人が意外と多く、そして堀越もその一人だったというわけだ。
これも何かの縁ということで、一連の調査が終わったら手始めに資料館に行くことを約束した。一から全てを説明するのは時間的に難しいけど、資料にまつわる物事の前後をかみ砕いて説明するぐらいなら容易い。
資料館に行ったらまず何から見せてあげようか、と想像にふけり始めた頃には、先頭とかなり距離が空いていた。
「何ボサッとしている?」
「あ、す、すみません」
急いで追いつくと、守下は見下すように一瞥しただけで再び前を歩き出した。
「黙ってりゃ、キレイなんだけどな」
「何か言ったか?」
「い、いや何も!いや~しかし、なかなかそれらしいのは見つからねえな」
あからさまにうわずった声を出す堀越にハラハラしてしまったが、幸いなことに守下はあまり気にとめていないようだった。手元でマップを開くと、おもむろに指でなぞり始めた。
「予定座標よりもかなり離れた場所に着陸したという可能性もある。ここら一帯を捜索しても見つからなければ、いったんタイムマシンに戻るとしよう」
「そ、そうですね。僕もその案に賛成です」
なかなか落ち着かない心をなだめながら視点をキョロキョロ動かしていると一瞬、足下で何かが小さく光ったのが見えた。何だろう?と思って身をかがめると、指先ぐらい小さなガラスの破片が落ちていることに気づいた。試しに浄化装置のライトをつけてみると、キラリとか細く輝く光の粒が森の奥の方へといくつも続いていた。
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