第18話 資料の中身

「ちょっと紫音、急にどうしたの?」

「ごめん、茜。どうにも放っておけなくてな」

「その言い方、なんだか正義の味方って感じがするね! ところで、さっきの人からもらってたその紙束は?」

「これはおそらく『超自然派』という組織の勧誘資料だな。最近、またこういうのが増えて嫌になっちゃうね」


 変にごまかすと余計に突っかかってくるタイプの子だったから、あえて名前をぼかさずに教えた。

 するとどういうわけか、茜は目を大きく見開いた。


「え!? 笠木とかが入ってたっていうあのグループのこと?」

「そうそ、ってなんで茜がそれを知ってるんだ?」

「機動隊の人とうちのオペレーターの話し声が聞こえてきちゃってたのよ。それで知ったの」

「あの日、研究所に来てたのか。もともと休みだったはずじゃ?」

「その予定だったんだけど、先輩が風邪で寝込んじゃってさ。直近で終わらせなきゃいけない仕事があったから、代わりにやってたのよ。そしたら、辺りが急にバタバタし始めて、ほんと何事かと思ったよ。しまいには機動隊まで入ってきて、もうJSTLも終わりかと思ったよね」 


 当時の慌てようを身振り手振りで大げさに教えてくれたことで、現場がどれほど混乱していたのかが存分に伝わってきた。当然ではあるが、なにも知らされていない茜たちにとっては生きた心地がしなかっただろう。


「そっちはそっちで大変だったってわけだな」

「そういうこと。もちろん、二人の方がもっと大変だったと思うけどね」


 茜がそう付け加えた時、肌寒い風がぴゅーっと吹いた。気づけば、太陽もだいぶ傾いてきていた。


「このあとはどうしますか?」

「そうだな。せっかく資料をゲットできたことだし、家に持ち帰っていろいろ調べてみるよ」

「オッケー。そしたら、今日はそろそろお開きにしましょ。紫音も葵くんも、しっかり体を休めるのよ?」

「「はーい」」


 小学生みたいな返事をした後、三人はそれぞれの家路に着いた。道中、肌を叩く風が強くなってきているように感じ、資料を何度も握り直した。


 家に帰った紫音は夕飯のカップ麺をすすりながら、くしゃくしゃになりかけた資料に目を通していた。『自然を取り戻す』、『地球を本来あるべき姿へ』などとそれらしい言葉が並んでいるが、具体的なことは案の定何一つ書かれてない。

 資料の片隅に配置されていたQRコードもスキャンしてみる。すると、少し古臭い感じのWebサイトがホログラムの画面を支配した。それを下にスクロールしていくと、聞こえの良い言葉たちが次から次へと目に飛び込んできた。


(……ダメだ。これ以上見てたら毒になる)


 そっと画面を閉じ、たった今見た全ての情報から目を背けるように大きくうなだれた。

 そんな様子を察したのか、スマートスピーカーから「少々気が立っているようですね」といらぬ忠告を受けた。


「だからどうした」

「壁紙をヒーリング効果のあるホログラムに変更することをおすすめします。今すぐお試ししますか?」

「お好きにどうぞ~」


 そう答えると明かりがふっと消えたのち、白い壁と天井が一面の星空へと様変わりした。黒色の天井にキラキラと輝く満天の星空が映し出され、水平線の彼方には小さな山々がそびえ立つ。その影からはおぼろげに輝く三日月が顔をのぞかせている。


 幻想的な風景に包まれていると、ふと昔のことを思い出した。とあるタイムトラベルからの帰還を記念した打ち上げをやった時にも同じような光景を映し出したのだ。その時の葵の目の輝きようは今でもはっきりと覚えている。当時、JSTLに入って間もなかった葵は終始とても緊張しているように見えていた。だからこそ、彼が初めて素の表情を見せてくれた気がして、とても嬉しかったのだ。


「はっ、いかんいかん」


 思わず感傷的になりかけていたが、まだことは何も解決していない。黄昏れるにはまだ早すぎる。


「いかがですか?」

「やっぱ、元に戻して」

「承知しました」


 一面の星空は一瞬にして白い部屋へと戻り、淡白い照明が部屋を照らした。

 残りのカップ麺を平らげ、ダストボックスに放り込む。カップ麺の容器はその場で粉砕されてから専用の管を通ってゴミ処理場へと向かうらしい。


 思えば、子どものときは「国民的ネコ型ロボットがいよいよ本当に手に入るんじゃないか」とか、「空飛ぶクルマが街中を飛び回っているんじゃないか」とかあれこれ想像したものだ。だが、現実はそう思い通りに運ばないのが常である。ロボットやAIはまだ融通が効かないところも多いし、自動車は未だに地べたを走り続けている。


 いろいろ考えすぎていたせいか、頭の中がごちゃごちゃぐるぐるし始めていた。ここでさらに考えるのをやめないと、文字通り思考の渦に捕らわれて、なかなか抜け出せなくなるのだ。

 頭をぶんぶん振って、大きく背伸びする。お風呂に入ってさっぱりするか、と思い立ったそのとき、スマホがぶるっと震えた。

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