第17話 甘いスイーツにはコーヒーが似合う

 目的のカフェにたどり着くと、そこまで時間が経たないうちに席へと案内された。茜いわく、昔ながらの古民家を改造した、落ち着いた雰囲気が人気のお店らしい。

 今の時代には珍しい紙のメニュー表を手に取り、机の上に広げた。


「うわ~。どれも美味しそう!」

「うん、このケーキも良さそうだな。葵も好きなの選んでいいからな」


 いったんメニューから顔を上げると、葵は唇を尖らせながらメニューに目を通していた。


「いつまで拗ねてるんだ」

「拗ねてないです」

「でも『僕は拗ねてますよ』って顔に書いてるぞ?」

「書いてません」


 目の前で行われてるに苦笑いしつつ、茜はパンと手を叩いた。


「はいはい、二人ともそこまで。もう頼みたいものは決まったの?」

「んー、じゃあ私はイチゴパフェとコーヒーのセットにしようかな」

「僕はこのパンケーキと紅茶にします」

「おっけー。そしたら私は抹茶のシフォンケーキにしよっと」


 ひと通り頼むものが決まったところで、茜は近くを通った店員に声をかけた。この注文形式もまた珍しいな、と思いながらスイーツと飲み物を注文すると、店員さんはそれを手元のメモ帳みたいなものに書き込んでいった。昔の名作映画で見たようなやりとりに釘付けになりつつ、いつかタイムトラベルでそうした時代にも行ってみたいものだと強く思った。


 店員が去った後、たわいもない話に明け暮れていると、まもなくして頼んだものが運ばれてきた。

 紫音の目の前に、特大のイチゴアイスとイチゴがまるまるふたつ乗っかったパフェがゆっくり置かれる。土台になっているホイップにもイチゴソースが贅沢に掛けられており、顔を少し近づけただけでほのかな甘い香りが鼻をくすぐった。

 コーヒーで一度口を整えてから、果肉のはさまったいちごアイスにスプーンを入れこんでいく。ひとすくいして口に運べば、イチゴの優しい甘さが口いっぱいに広がっていった。


「ん~! 美味しい~」

「ね! ケーキもふわふわで最高だよ!」


 スイーツのことになると目がない茜は今にもほっぺたが落っこちてしまうんじゃないかと思うほど幸せそうな顔をしていた。

 甘いものに舌鼓をうち、すっきりとした香りのコーヒーを楽しむこの時間は、さまざまな考え事から離れられる。たまにはこんな時間があったっていい。

 そう考えながら、先にお腹を満たした紫音は二人の様子を見つめていた。食べ終わる頃には葵の機嫌もすっかり元通りになっていた。


 カフェを出た後は特にすることもなく、公園をぶらぶら歩いていた。

 ぽかぽかした陽気のもと、元気に走り回る子どもたち。花壇に植わっている色とりどりの花を眺めながら談笑するカップル。ベンチに腰掛け、園内をゆっくり見回している老夫婦。

 長い歴史の果てに紡がれたこの平和な空間は少しばかり退屈で、とても素晴らしい。

できれば、この平和が永遠に続いてほしいものだ。

そう思いながらあくびを噛み殺すと、葵の声がしないことに気づいた。


「あれ? 葵は?」


 後ろを振り返ると、なぜか道の真ん中で立ち尽くし、ある方向を見つめていた。紫音もその方に目を向けると、若い男が一人の女性に向けて何やら熱心に話しこんでいた。来た道を戻りながらその鼻につく男の声に意識を向けると、どうやら環境問題について話しているみたいだった。ところどころ出てくるきな臭いフレーズがどうも引っかかる。妙に宗教じみているという感じがして、端から見ても気味悪く思えた。


 そんなことはおそらく微塵も感じていないであろう茜が「どうしたの?」と尋ねてきたので、紫音は人差し指を唇に当てて「静かに」と合図した。そしてそのまま、自分が見ている方を指さしてみせた。


「どうです? 興味が出てきたんじゃないですか?」

「あ、えっと、その」

「分かります。まだ戸惑っていらっしゃるのですね。でも、豊かな自然を取り戻すために我々『超自然派』がどれだけ尽力しているかは、もうご存じでしょう」


 男の口から出た言葉を聞いた瞬間、紫音の目の色が変わった。


「ですが、資金が圧倒的に足りていないのも事実。あなた様がご支援していただければ、我々はクリーンな地球を取り戻すためにまた一歩、前進できるのです」

「でも……」


 押されに押されてしどろもどろになった女性の前に、紫音はすっと割って入った。


「ちょっといいかな?」

「え、あなたは?」

「ただの通りすがりの人間さ。でもその子、嫌がってないか?」


 突然現れた見知らぬ人からの問いかけに男は困惑しながら「はい?」とだけ言葉を返した。


「あれ、聞こえなかったかな。その子が嫌がってないかって言ってるんだ」

「な、何を言ってるのやら。私はただこの方に素敵なご提案をしたまでで」

「指」


 紫音が指し示した箇所に二人の視線も移っていく。


「この子の指、さっきから小刻みに震えてる。それに目も泳ぎまくっていて、あきらかに話が入ってきている様子には見えない。この子、何度も同じようなことを聞いてこなかったか?」

「そんなことないですよ。い、一体何をおっしゃっているんですか」


 男の顔がだんだんこわばってくる。眉間に少しだけしわがより始めていた。


「これ以上彼女に迷惑を掛けるようだったら、警察呼ぶけど?」


 紫音が腕時計型の端末をちらつかせると、男の表情があからさまに一変した。

 あわや一触即発かと思われたが、紫音を軽く睨むと「チッ」と舌打ちをしてからその場を後にした。


「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言ったらよいのやら」

「かまわないですよ。しっかし、よくこんなところで堂々と勧誘できたもんだ」


 呆れたように肩をすくめてみせると、女性も少しだけ苦笑いを返してくれた。そのとき、彼女の手に握られているチラシらしきものが目に入った。


「それ、さっきの人から?」

「あ、はい。無理矢理押しつけられて」

「その資料もらってもいいか?」

「え? い、いいですけど」


 女性は戸惑った顔をしながらも手に持った紙の束を紫音に渡した。こんなアナログな方法が今も使われているのかと驚いたが、スマホ越しにデータをやりとりする手間が省けた。

 この後予定があるらしい女性は紫音と二言三言ことばを交わすと、最後にもう一度お礼を言ってから去っていった。女性からもらった資料に目を通していると、何も知らない茜が顔を覗かせた。

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