第2章:時空を超えた攻防
第19話 招集
翌日。紫音はスマホの連絡通り、所長室に足を運んでいた。無駄に豪勢な扉を開くと、見知った面々が集まっていた。
そして、虫が合わないあのカッチリ女・守下の姿も。
「あ、おはようございます。紫音先輩」
「「おはようございます」」
葵の挨拶に続けて、堀越と和泉も挨拶を交わす。後ろ二人の息のピッタリ具合はまさにバディといったところだ。
対照的に、その隣にいる守下はムスッとした表情を一切変えないまま、目線だけこちらに寄越してきた。おそらく、集合時間をほんの30秒ほど過ぎてしまったことをよく思っていないのだろう。
朝からちょっぴり機嫌を損ねていると、八雲が咳払いを皮切りに口を開いた。
「急遽集まってもらって申し訳ない。今回集まってもらったのは笠木と第2調査団、この二つの件についてだ。まず、笠木についてだが、調査の結果、『超自然派』という団体に所属していることが判明した」
「本来の自然を取り戻す、と謳っている環境活動集団のことですよね?」
確認の意を込めて尋ねると、八雲はうんと頷いた。
「うちの研究員二人には既に説明したが、最近何かとお騒がせしている団体のようだ。文字通り、目的のためなら手段を選ばない。そんな危なっかしい組織にうちの研究員が加わっていたことについては、誠に遺憾だ」
落ち着いた口調のように聞こえるが、言葉の奥に静かな怒りがにじみ出ているのを感じた。
「ちなみにですが、笠木さんたちから何か情報は得られましたか?」
葵からのその問いかけには首を横に振った。
「時おり不敵に笑うだけで、まだ何も聞けていないそうだ」
「そうですか……」
些細な情報でも把握できればと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
だがその態度からして、やっぱり笠木は何かを隠しているようだ。喉につっかえたわだかまりをうまく飲み込めないままでいるのはとても気持ち悪いが、仕方ない。
「次の話題に移ろう。君たちには引き続き、行方不明になった第2調査団の捜索に向かってもらいたい。ただし、笠木が何かよからぬことをしでかした可能性が十分にある。くれぐれも慎重に進めてくれたまえ」
「「はい」」
「それから、守下も同行させてもらいたい」
「はい?」
流れるようにぶっこまれた提案に紫音は思わず顔をしかめた。
「いったいどうしてですか?」
「私の方から進言した。何か不満でも?」
やべっ、と飛び出しかけた言葉をなんとか抑えむ。ついいらぬことを口にしてしまった。
「い、いやいや。そんな不満なんて滅相もない」
とは言ってみたものの、守下の怪訝そうな表情が崩れることはなかった。やっぱりこの手の人物と関わると、どうも調子が狂ってしまう。
一呼吸置いて乱れた心持ちを立て直しつつ、気になったことを素直に尋ねてみることにした。
「それで、結局どういった経緯で同行することになったのですか?」
「第2調査が音信不通になった原因を作ったのは笠木と見て間違いないだろう。ならば、その上司であるにもかかわらず、彼の心に潜む悪魔を見抜けなかった私にも責任がある。この命を賭けずして、ただのうのうと待っていることなどできん」
少し仰々しいところはあるが、守下の言っていることの意味自体は全うなように聞こえる。端から見れば、責任感の強い上司だと捉えられること間違いなしだろう。だが紫音には、どうも淡々と言葉を並べてるだけのように聞こえてならなかった。直属の部下が大事をやらかせば、焦りや怒りといった感情がほんの少しでも垣間見えるのが普通だ。なのに、守下の言葉からはそれらが全くと言っていいほど感じ取れない。
一切の感情を押し殺しているのか、それともただ感情の起伏に乏しいタイプの人間なのか。前者なら少々面倒なのだが、とりあえずはもう少し観察が必要そうだ。
「そういうわけで、捜索への加入を許可したんだ。それに、彼女はタイムトラベルの知識も経験も豊富にある。きっと捜索において、大いに役立ってくれるはずさ」
所長がそう認めているのだから、ここはいったん受け入れるしかないのだろう。そう思うことにして、釈然としない頭を無理やり矯正させたところで詳しい計画の話に移った。
守下は以前、安土桃山時代へ何度か調査をしに行ったことがあるようで、当時の記録もまだふんだんに残されていた。動物を研究している関係上、お手製の地図には地理的な地形や環境についても事細かに書かれていた。
さらに土地勘についても、研究所の中ではずば抜けている方だと八雲が太鼓判を押していた。前回よりも行動範囲を広げる必要があると考えていた紫音にとって、これは願ってもいないことだった。少々コミュニケーションに難はあるが、そこさえ目をつむれば万全すぎる態勢だ。うまくいけば、これで一気に捜索が進展するかもしれない。
「さて、具体的な動きの話に移るが、今回は分隊行動を取ってもらおうと考えている」
八雲の提案に全員の視線が集まる。
「と、言いますと?」
「城下町を中心に行動して情報をかき集める部隊と、実際に第2調査団を捜索する部隊の二つに分けるんだ。ただ闇雲に行動範囲を広げたところで、そう簡単に見つからないかもしれん。だからこそ、情報収集を怠らないことも大事だ。少しでも手がかりになるものが見つかればすぐに共有し、それに合わせて捜索部隊の行動を臨機応変に変えていく。がむしゃらに探すよりは確実性が高いといえるだろう?」
「たしかにそうですね。では、その方向で行きましょう」
協議の結果、紫音と和泉は城下町へ、残りの三人が捜索部隊として行動することになった。
そうと決まればさっそくタイムマシンに乗り込み、着々と準備を進めていった。ベテランの守下も入ってくれたおかげで、前回よりもかなり早く準備を整えることができた。
こう見ると、やはり経験豊富な上に優秀であることはたしかなようだ。そうなると、目下の問題はコミュニケーションだ。苦手な人との対話というのはそれだけで十分なストレスになる。お互いに譲歩するという大人の対応を取ることが最善ではあるが、研究者の中にはそれが得意でない人も多い。この守下という女がもしそのタイプであれば、かなり苦しい戦いになりそうだ。
「第1ターミナルのセーフティロックを解除しました。タイムマシンの出発を許可します」
「了解。タイムマシン5号機、出発します!」
最後のロックを解除すると、タイムマシン全体に大きな振動が走った。次こそは捜索を成功してみせるという気概と、言葉で上手く言い表せない不安を抱えながら、プラズマの走るモニター画面を見つめていた。
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