第13話 もの苦しい帰還

 信長の姿が見えなくなるまで見届けた後、紫音らは重くなった腰をよっこらせと持ち上げた。


「よ、良かった~」


 胸をなで下ろした葵とは対照的に、軍隊組の二人はしばし固まったままになっていた。


「あれが、武将の気迫というやつか」

「さすがに逆らえないわね、あれは。どことなく、長官と似ているかも」


 後半の言葉はかなり控えめになっていたが、紫音はそれを聞き逃さなかった。


「似てる?」

「ああ。うちの長官は『鬼軍曹』なんて言われていてね。そりゃもう恐ろしいったらありゃしない」


 一応笑ってはいるものの、強かでたくましい二人の表情が引きつっているのは誰から見ても明らかだった。どうやら、二人の長官というのは相当恐ろしいみたいだ。


「向こうに戻ったら、今言ったことは忘れてくれよ」

「そう言われると余計頭に残ってしまうぞ?」

「おっと。そりゃまずいな」


 若干声がうわずり、額にはかすかに汗がにじんでいる。

 本人に悪気がないのは見え見えだが、人間の記憶というのは案外しぶとく残るものだ。「忘れてくれ」なんて言われて、ぽかんと完璧に記憶を飛ばせる人間なんて案外多くない。たとえ忘れていた気になっていたとしても、何らかの発言や出来事をきっかけにしてその記憶がよみがえるなんて事象も腐るほど存在する。


 堀越には悪いが、きっと近いうちに思い出してしまうだろう


「忘れる努力はするが、保証はしないぞ?」

「はは。頼んだよ」


 笑ってみせてはいるが、内心気が気でないのはバレバレだった。あきらかに頬が引きつっている。

 何かひと言突っ込んでやろうかと考えたところで、ぶっきらぼうな声が飛んできた。


「おい。連れてきたぞ」


 武士に連れてこられた笠木は目を伏せたまま、口を開こうともしなかった。手かせを外されてもなお、抵抗の意思は微塵も感じられなかった。


「行こう、笠木」


 町人たちが不安そうに見守る中、紫音たちは安土の街を後にしていった。



 タイムマシンに戻る道中、笠木はやはり一言も発さなかった。軍隊所属の二人に挟まれている以上、下手な動きをされても大抵は大丈夫だと理解はしている。だがそれでも、嫌な緊張感が口に重い蓋を落とす。お腹をさする葵の気持ちも分かる気がした。


 タイムマシンに乗り込むとすぐ、倉庫にしまっていた縄を取りだして笠木の腕を縛り上げた。この男がいつまた暴れ出すか分かったもんじゃない。まして、それがタイムワープ中だとしたら……。


「大人しくしてろよ」


 一応忠告すると、笠木は少しだけ顔を上げ、そしてすぐに俯いた。その一瞬に見た笠木の目に、紫音の思考が奪われた。


 光を失ったように見える瞳孔の奥底に、揺るぎない灯火のようなものが見えた気がしたのだ。何も出来やしない状態のはずなのに、「今に見てろ」と言っているかのようで、それがひどく不気味に思えた。


 笠木はまだ、何かを隠している。


 長らく培ってきた経験がそう告げていた。


「笠木、おまえはいったい何がしたいんだ?」

「……」


 やはり、あくまでもだんまりを決め込むつもりらしい。これ以上詮索しても疲労がたまるだけで何も収穫は得られないだろう。

 そう考えて席に戻ろうとしたその時、「ククッ」と含むような笑い声が耳に入った。


「笠木?」

「はははっ」


 乾いた笑い声がタイムマシン内で小さくこだまする。

 急に笑い出すとは、ついに脳みそまでイカれてしまったのだろうか。


「……何がおかしい?」

「何って、ただことの行く末を想像しただけさ」

「ことの行く末? いったいどういう意味?」

「勝利の味とやらをたっぷり啜っておけるのも今のうちってことだ」


 役者気取りのような訳の分からないことを言った後、笠木は再び口を閉ざした。それ以上は何を聞いてもまただんまりに戻ってしまった。


「大丈夫、でしょうか」

「分からん。だが、俺たちが両脇にいる限り、もう下手な真似はさせん」


 そう言いながら、堀越は胸の前で拳を合わせた。それでもなお、どこか人を下に見るような笠木の目つきが変わることはなかった。

 タイムトラベルから帰還している間、お互いの口数は自然と少なくなっていた。


 笠木の取った行動は葵に恐怖の種を植え付けただろうし、無茶な命令とはいえ、防護対象を脅威から防ぐことができなかった堀越と和泉の悔しさも薄々感じてはいた。それに何より、探していた第2調査団の団員だったにも関わらず、説明のつかない行動を取った笠木が同じ船内にいる。また何かしでかすのではないか、という疑念がどうしても拭えないのはある種、仕方のないことだろう。


 それにしても、と横目で振り返る。拘束された笠木はただ床をじっと見つめていた。表情は先ほどと変わらぬまま。何を考え、何を企んでいるのか、全くもって読み取ることができない。


 こちらからの質問には一切答えようとしなかったその姿勢も謎のままだ。そうまでして隠したいもの、可能性としては第2調査団の失踪の件が一番濃厚であろう。現状、生存が確認できた唯一の人物なのだから、本当はいろいろと尋ねたいところだ。しかし、あいにくあの態度である。何を聞いても返事はろくにかえってこない可能性が高い。


 JSTLに戻ったらどう説明したものか。

 モニターに映るタイムトンネルを眺めながら今後のことを案じていると、やがて出口が見えてきた。


 モニターが白い光で包まれた後、見慣れた転移室が映し出される。オペレータールームと通信が確立したことを確認すると、紫音はゆっくり口を開いた。


「村雨紫音、ただいま帰還しました。行方不明者の一人、笠木隊員をしました」


 紫音の帰還報告を受けると、司令室が一気にざわついた。その混乱の中で即座に動いた機動隊がモニター越し映ったのを後ろの二人は見逃さなかった。


「軍のやつらがなぜあんなに?」

「さあ? 何かあったのかしら?」


 二人そろって首を傾げているところを見るに、彼らは何も聞かされていないようだ。いったいどういうことだ?、と訝しみながらタイムマシンの扉を開いた。


 まず、陸軍の二人が笠木を連れて降りた。すると、ひときわざわざわする声がスピーカーに乗って聞こえてきた。

 続けて、紫音と葵もタイムマシンを降り、消毒室に向かう。物々しい雰囲気に飲まれた二人の口はなかなか開かなかった。


 いつもより随分と長く感じられる消毒時間を経て、紫音たちは検疫へ移った。原則一人一部屋となっているため、笠木も一人になってしまうのは少し不安に思えた。体を縄で縛られているとはいえ、何か仕掛けてくるんじゃないかと勘ぐっていた。


 だがその考えは杞憂に終わった。大人しく検疫を受けた笠木は扉が開くまでじっと待ち、同じく検疫を終えた軍の二人組に再び挟まれた。


 最後の大扉がプシューと音をたてながら重々しく開いていく。紫音たちを待っていたのは、帰還を歓迎する研究者ではなく、頭からつま先まで武装した機動隊だった。

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