第6話 うーん治安悪ぅい…

さて、散歩も終わった事だし、そろそろ私の愛しい家に帰ろうか。


雪を踏み締めて、静まり返った朝の街を歩く。太陽はどんよりとした雲で隠れていた。


後ろから足音が響く。

振り向くと、背の高い男がいた。


…はてさて、こんな寂れた区画にあの高級そうなコートを着て歩いてくるのは誰だろうか?怪しいことこの上ない。


まあ、恐らくはアルスを探しに来た追っ手だろう。あの傷を治した時、能力の影響により朧げながらこのような服を着た男の姿が見えた。


治癒には、その傷の記憶が見えてしまうという欠点がある。「痛みの追体験」はこの能力に付随する能力だ。


そこまで明確に脳裏に浮かぶでは無いが、その傷ができた直接的な要因程度のことはわかる。


それにアルスがあんな傷を負っていた事から何かしらの事情があることはわかる。


「もしもしお嬢さん、ここらでボロいシャツを着た『冴えない』オッサンを見てないかい?」

男が笑顔で話しかけてくる。


ビンゴ。ボロいシャツ。それに『冴えない』オッサン。間違いなくアルスのことだろう。


そしておそらくこの男は下手人、もしくは下手人の所属している組織の者。


「いいえ、見ていませんよ?探し人ですか?」

我ながら怪しいとは思うが、逃げ出したい気持ちを抑えて笑顔を保ち、言葉を返す。


もちろんの事アルスのことを漏らしたりはしない。闇医者でも、いや、闇医者だからこそプロ意識はある。開業4日目だけどね。


「そうか、時間を取らせて申し訳ない」


「いえいえ、構いませんとも」


「ええ…チッ、やれ、お前ら」

男が真顔で命令を下す。


「は?何を…ッ!」

背後から男がさらに二人。私を羽交締めにして、なんらかの薬品を染み込ませた布を口に当ててくる。


だが無駄だ!『治癒』は解毒までできる有能君だからな!


んん?あれ、これ即効性の毒かぁ!


判断能力が奪われる。『異能』の発動による解毒ができない。徐々に意識が遠のく。


…しくじった☆


―――――


気を失った女を見下ろしてため息をつく。


さっきこんなさびれた区画を一人で歩いていた女を見つけ、『蒼雷』の異名を持つ傭兵、アルスのことを知らないかと質問をした。


忌々しい傭兵だが、その強さは確かなもので、多くの雑兵がやられた。マフィアは少なからず面子を重んじる。故に、雑兵をやられて逃げられたなどという結果を残すわけにはいかないのだ。


こんな所を女一人で歩くなど、無頼漢に襲われるか身ぐるみはがされるかのどちらかになるとわかっているはずだ。だとすれば、そんなことも分からない余程のバカか、腕に自信があるかのどちらだ。どちらにせよ怪しいやつでしかない。


俺の異能は『看破』。嘘を見抜くことができる能力で、幹部になるほど重宝されている。戦闘能力はあまりないのだが、そこは部下を使う。そしてさっき女を抑え込んだ二人。異能は『透明化』と『隠蔽』。二人ともかなりの実力を持つ諜報員で、今回の調査にボスがつけてくれた。


まさか一発目から当たりを引くとは。運がいいな。

…というかあんなに胡散臭い笑顔をされたら嫌でも分かる。いかに「隠し事をしています」と言いたげな顔だった。


『蒼雷』を瀕死まで追い詰めたという他の幹部の報告により、奴を探すようにというボスの命令を受けてこの区画まで来た。


アルスは見つからなかったものの、こうして手掛かりを得ることができた。

さて、戻るとしようか。『蒼雷』の手掛かりだ。ボスにも満足していただけるだろう。


―――――


マフィアどもに見つからないようにこっそりとアジトへ戻り、現金を持ち出す。またあの『診療所』に戻る。ドアをノックするが、返事がない。焦って体当たりでドアを破り、中を見渡す。しかし、カミラはいなかった。


まさかっ!


マフィアのことが頭をよぎる。

いくら警戒心がない上にお嬢様だったとしても、こんないかにも治安の悪そうな場所を一人で歩くバカではないだろう。この区画はそこら辺の路地裏に麻薬なんかでラリってる奴らがわんさかいるような治安最悪の区画だ。


となると誘拐されたという線が有力か。異能を使い、体を強化することであたりを見回す。積もった雪の上に何者かが暴れた跡がある。足跡を見るにやはりカミラだろう。


まずい。何の関係もない子供を巻き込んでしまった。すぐに助けに行かなければ。


しかし…どこにいるんだ?マフィアのアジトは多い。俺の件で巻き込まれたならば中央の本拠地であるビルに連れていかれるだろうが、もし回復系の異能を持っているという事がバレて攫われたのなら、そこらの小さいアジトにいてもおかしくはない。


彼女にはさらわれる心当たりが多すぎる。それでも命を救われた恩義があるので、見捨てることはできない。おじさんなどと言われたのは癪だが。


とにかく、探さなければ。もう一度体に鞭打ち、街を走り出す。


─────


意識が戻ってくる。…ここはどこだ?確か…ああ!アルスの件で攫われたんだったか!


となると、奴らのアジトである可能性が高い。周りを確認しなければならない。


どうやら袋か何かに入れられているようだ。古典的だな。音から察するに、歩き、三人。何か硬い床を歩いている…と言ったところだろうか。


しばらく歩き、足音が止まる。何かが開く音がして、放り込まれる。どうやら袋の口のひもが解かれていたようで、袋から這い出すことができた。そこは、牢獄だった。丈夫そうな素材の壁に鉄格子。周囲にもいくつもの牢がある。おそらくは地下。


「おい、お前どうしてここに来たんだ?オークションの商品か?」


片腕を失い、包帯を巻きつけている隻眼の女性がこちらに声をかけてくる。


「いいえ、ただの情報源扱いですよ。知り合いがここの人たちに何かやらかしたようで」

例の笑顔で言葉を返す。


「ははぁ、そりゃあ災難だな!嬢ちゃん、名前はなんて言う?」

「カミラと言います、よろしくお願いします」

「ああ、私はリズだ。こちらこそよろしくな、カミラ」

リズが快活に笑う。


「ところでリズはどうしてここへ?」

疑問に思い聞いてみる。

「私は傭兵をやってたんだが戦いで腕を失ってね、そこをマフィアに捕まったんだ。そのうちオークションで売られるだろうさ」

リズが笑いながら答えを返してくる。


「ところでその『オークション』というのは?」


「ん?ああ、人身売買だよ。ここのオークションには『フォート』のお偉いさんまで出張ってくるんだと。護衛を買うやつもいるらしい。契約で縛り付ける異能持ちがいるから、買ったやつに反抗される恐れがなくてここは人気なんだとさ」


「ふーん、そうですか」


「おいおい、ずいぶん落ち着いてるな。お前さんも売られるかも知れないってのに」


「ところでその腕、治したいですか?」


「え?うーんまあそりゃあ治せるなら治したいが…」


「じゃあ、治しますね。代金はいただきますから」


「は?」

リズが困惑の声を上げる。


「『欠損修復リペア』。」

欠損の修復に特化した技だ。発動させるのと同時に腕が生えてくる。それと同時に記憶と痛みが来る。これは…切断か。ずいぶんな力で叩き切られたようだ。おまけにぼろぼろの刃物。かなりの痛みだっただろう。後で労わってあげよう。


その時一瞬、リズが「ひっ!」と悲鳴をあげた。そして、意識を失う。


ゑ?


待て、待て待て。治してあげてるのにいきなりどうしたんだ?

…どうしてぇ?


—――――


マフィア、『フォルテ』に捕まって地下牢に入れられてからもう一週間近くが経っている。


私はここのオークションで売られることになっている。『フォート』の金持ちたちにとって奴隷は一種の嗜みである。捕まってしまった以上こうなることは覚悟していたが。


その使い方はさまざまで、労働力として買う所もあれば、愛玩奴隷として飼われる事もある。また、待遇もさまざま。ろくに飯も与えられない所も多いが、自らの子供の家族同然の存在としてベビーシッターなんてことをやらせる所もあるらしい。


命を狙われる権力者の子供にとって、奴隷は信頼のおけるベビーシッターということだ。


今日、また新しい子供が入ってきた。白髪に金の瞳の映える美しい顔立ちの娘。攫われたのか、親に売られたのか。


その娘の名前はカミラといった。話を聞くと、誰かしらの情報を持っているせいで捕まったのだとか。もう少し散歩に出るのが遅ければ、なんて漏らしていたが、どちらにしろこの見た目だとすぐ捕まっていただろう。


私のつまらない身の上話を聞かせると、腕を治したいか、なんてことを聞いてきた。そりゃあ治したいが…───その後、そんなことを言ったことを何度後悔したか。


光が私の傷口を包む。そして、その後から腕が生えてくる。それはいい。いや、よくないが!


その瞬間、カミラから何かが流れ込んできた。その光の奥から、黒い炎が漏れ出している。それは私の意識に絡みついて、意識を黒の底に引き摺り込んでくる。


オゾマシイ何か。そして全てに慈愛憎悪を抱いているバケモノ。


それを目の当たりにし、悲鳴をあげる。そして、意識がプツンと途切れた。

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転生したけど、クッソ治安の悪い終末都市だったから闇医者やる。〜転生者カミラ、奮闘記〜 過ごす @SPEND

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