第5話 こんな世界だ、しかたないのさ。
アルスは金を取りに出かけて行った。ちらちらと私の煙草を見ていたが、彼も吸いたかったのだろうか。あげないけどね。ゴミ捨て場でひと箱だけ見つけた貴重な煙草だ。
椅子に座り、私の家を見渡す。私が手に入れた私だけの家。何も残っちゃいない空っぽな私に与えられた心の拠り所。襤褸いけどね。
それでも私の家だ。この眠らない街の隅っこに佇む静かな隠れ家。
…商売として成り立ってないね。見つけてもらえないと意味がない。
アルスが来てくれたのは運がよかった。
窓の外から暖かな陽光が差し込んでくる。
─昔から朝日が好きだ。この荒廃した世界に於いても朝日というのは変わらない。私を照らして導いてくれるお天道様。
太陽が嫌いだ、なんて人は珍しいだろう。だけど私の場合は他の人とは少し違った。暗い暗い闇の底から縋りつくかのような気分だったと思う。記憶は曖昧だけど。
外の空気が吸いたくなる。昨日アルスを拾ったドアを開けて外に出る。季節は冬。冷え込む空気の中で息を吐く。白い吐息が視界に入ってくる。寒さも『回復』の範疇であるらしい。有難いね。この『異能』が無きゃとっくに凍死してるよ。
小さな足で塗装された道路に張る霜を踏みしめる。世界に自然を感じるとき、己がとてもちっぽけに思える。人の思いも努力も関係なく蹂躙する恐怖。それを感じた時、ほっとする。私はその他大多数の一人でしかないのだと。
多様性なんて言葉があったと思う。私はその言葉を否定するつもりはない。抑圧されるというものは苦しいのだということは分かっている。だけど、「他人と大きく異なる」という「特別」は時に人を苦しめる。
人は「特別」を怖がる生き物だ。「
だから、ただ「特別」であるというだけでは疎まれる。「特別」は人類に変革をもたらすこともあれば大きな被害を出すこともある。故に「特別」とは常に何かしらの感情を向けられる。その在り方が世間から見た「善」であろうと「悪」であろうと。
結果を出し、己の「特別」が他人にとって利益のみを享受できるものであればそれは受け入れられるだろう。
それがどれだけ大変なことか。例えばだ。「ヒーロー」がいたとしよう。彼は見返りを求めずに敵を倒し、それに応じて賞賛を受ける。
だが彼が勝てない敵─Xと仮定しよう─が出てきたとき、世間はその敵に大きな恐怖を抱くと同時にヒーローに失望する。
笑い話だ。どれだけ彼が人を助けてこようと、それに対して報酬を受けとらずとも、彼の存在意義は敵を倒すことであり、命を救うことであり、それ以外はただの「異常」でしか無い。
結果的に彼には「強い」「弱い」この相反する二つの結果が残る。敵を倒すことのできる強さ、Xを倒すことのできない弱さ。世間はこれをどう評するだろうか。
それと同時に、Xもまた人間であったとしよう。
彼はどんな性格をしているだろうか。己を「悪」とは認めないか、はたまた世間から見た純然たる「悪」として己を定義するのか。「善」と定義することもあるかもしれない。それとも───己を定義付けないのか。世間とは人間という種族の多数決の場だ。そこにおいて、圧倒的な力でもって己を「己」という一線を画す存在であると定義づけるかもしれない。
ひとえに「悪」といってもそれは多岐にわたる。しかし、世間にとっては「悪」でしかない。
綺麗事の書かれた漫画や小説では、ヒーローは応援を受けて立ち上がる。
現実でそんなことはない。そんなご都合主義はない。
人間とは同族に追従する生物である。一定数「ヒーローには失望した」という意見があればそれに流される。
ヒーローはどうなるか?それはヒーローの性格によるだろう。もしかしたら敵に勝てるかもしれないし、「特別」を隠して逃げるかもしれない。それとも自殺でもしようとするかもしれない。そこに偶然は介入しない。あるのはただ「特別」を持つただの人々の意思のみ。
「特別」を「己」として受け入れて生きていくとはそういう事だ。
―――――
少女の魂の奥で、炎は揺らめいて人の形を成す。
『それ』は何とか形を保つ口からこちらを向いて言葉を紡ぐ。
「かつて、『異能』は「特別」だった。世間は『異能』を恐れ、排除した」
「それは当然のことだ」
「私だってこの力を持って産まれなければ恐れ、排除しようとしていただろう」
「力を恐れるというのは当たり前」
「優しい世界というのは幻想かもしれない」
「でも、あの世界はそんな幻想すら見せてくれはしなかった」
「世界はかつて「特別」にあふれていた」
「それを解き明かし「特別」でなくしていったのも人間だ」
「「特別」を「特別」でなくす方法はいくつかある」
「ひとつは前述した通り、解き明かすこと」
「もう一つは「特別」が増えてそれが既に「常識」となること」
「最後に、人間社会のみで通用すること。それが「特別」だと定める人々を消すことだ」
「何も持たない人間にそんな力はないだろう。それは、少数が大多数に勝つということに他ならない」
「だがもし少数の人々の持つ「特別」が大多数を圧倒することのできる「特別」だったら」
「それも、可能なのではないだろうか」
「君はどう考える?これはあくまで私の考えだ」
「ダーウィンの「進化論」なんかに当てはめてみよう」
「私は生物にとっての異常は「進化」だと考える」
「例えばキリンは、高いところにある葉を食べるために首を伸ばして進化した」
「それと同じだ。生物は
「何がきっかけとなったのかは分からないが、人間という生物は『異能』という進化を実行したのだろう」
「『異能』というのは進化の成功例なのだろうか。『異能』を持つものが指導者になり、異能を持たないものをまとめ、人間の生存を促したうえで『異能』という強力な力を持つ個体の数を増やしていく」
「しかし人間の社会性というものは時に厄介だ。己より強力な力を持つものを、己の理解の及ばないものを指導者に据えようとはしなかった」
「これは生態系の頂点に立ってしまった人間だからこその考えだろう」
「だから燃やした。圧倒的な力があるのならば存分に活用すべきだ。太古よりある『弱肉強食』をもう一度思い出させた」
「その結果に何が待ち受けようとも私は止まりはしない。彼らの遺志を全うできればそれでいい。「特別」を抱えて生きていこう。たとえそれが私の
「人間を生かすために。世界が滅びぬために。代価としてすべてを差し出そう」
─────
晴れているのに、雪はしんしんと降り積もる。その白は全てを塗りつぶす純白だった。
─────
皆さん、太陽はお好きですか?
俺は好きです。
後朝の空気が大好きです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます