隣の席の地味子がなぜか気になる件

月詠兎

第1話

 昼休みの教室は、いつも騒がしい。


 俺――高杉達也(高3)は、その喧騒から少し離れた窓際の席で、スマホを眺めていた。イヤホン越しに流れ込む声が、鼓膜を甘く満たす。


《たっつーんおかえりー! 今日も会いに来てくれて嬉しいよ♡♡すちすち〜》


 画面越しにふにゃっと笑う、茶色い瞳の女の子は、配信アプリ「パフパフ」の人気ライバー『ピヨたん』。


 たっつんというのは俺のユーザーネームだ。


 黒髪ロングにふわふわ系ファッション。アイドルみたいに可愛くて、時々ちょっとだけエッチなことも言ってくる。

 この枠のリスナーだけが知っている隠語があるんだ。


『おツンこ、今日も元気~?』


 おツンこというのは、いわゆるその……イチモツの事。

 下にまで元気を与えるピヨたんに、心掴まれない男なんているわけなくて……。

 俺はそんな彼女に、今月も昼メシ代を削って課金する。

 推しに貢ぐのは、推し活の基本である。


「なあ、達也。お前、昨日のピヨたんの配信、見た?」

 前の席の渡辺が、振り向きざまに聞いてきた。


「当たり前よ」


「ヤバかったよな! あの、寝る直前の“ちょっとだけ……見せたげよっか”ってやつ。マジで神回だったろ!!」


「シーっ!。お前、声でか過ぎだろ!」


 ちらりと捲った胸元からあふれ出すミルクみたいな柔肌は、今でも瞼の裏に、いや、網膜に焼き付いている。

 アーカイブは、三周も観た。

 この世で唯一、俺の心をドキドキさせる存在――それがピヨたんだ。


 だらっと緩む頬もそのままに、俺は画面を食い入るように見つめては、ピヨたんと合わせた視線の数を数える。

 画面越しにピヨたんの真っ白い谷間がぷるんっと揺れた。


 その時だった。


 コロコロコロっと隣の席から消しゴムが転がって来て、俺の足元に着地した。


「んあ?」


 顔を上げると、となりの席の谷山百花が、椅子から立ち上がりざまに、スカートの裾をちらりと持ち上げた。

 また今日も、ギリギリまで捲ってやがる……。

 正直、見えてはいけないモノが見えそうな角度だった。

 わざとか? いや、まさか。


 百花は大きめの黒ぶちメガネをかけていて、黒髪三つ編み。

 声も小さくて、このクラスで一番地味で目立たない。

 いわゆる陰キャ。

 それが、ここ最近、なんかおかしい。


 授業中、わざとらしく前屈みになって、ブラウスのボタンの隙間から谷間を見せてきたり(それがなかなかデカい)。


「あ、ちょっと、ごめんなさい」

 蚊の鳴くような陰キャ声で、百花はそう言って、俺の顔の前で、前かがみになった。

 膝に胸が当たりそうで、思わず足を左右に広げた。

 直後、むにゅんと足にぃぃぃーーー!!

 胸がぁぁぁああーーーーーー。

 当たらない。

 当たらないけれど、体温まで感じる距離を通過した。


「お、おい! 何やってんだよ」


 言えば拾ってやったのに、このコミュ障め!

 いや、待てよ。

 まさか……百花、俺のこと……誘惑してる?

 いや、ないか。

 俺もなかなかの陰キャだし、女から寄って来るわけないし、そもそも百花なんかに興味はねぇ!


 百花は消しゴムを拾い上げる。


「っ!! おいっ!!」

 思わず広げていた足を閉じた。

 俺の足元に落ちた消しゴムが、股間をかすりながら通過したからだ。

 ぞわっと立ちのぼるくすぐったい感触。

 不覚にも、おツンこが反応したじゃないか!!

 両頬を、うっすらピンクに染めた百花と目が合う


「ふ? なに」


 メガネ越しにこちらに、視線を落とす百花。


「……べ、別に」


 股間を抑えながらそっぽを向く俺。

 百花なんかに――勃起してたまるか!

 そう、俺には推しがいる。

 ピヨたんしか勝たん。


 ◆


 その夜も、俺は布団に潜ってスマホを開いた。

 通知が来てる。

 ピヨたんが配信を開始した。


《おつぴよ〜♡ 今日はね、ちょっとみんなに聞いてほしい話があるのー》


『なになに? どうしたのピヨたん』

『俺に何でも話して』

『何でも聞くよー』

『ピヨたん今日も可愛い💕』


 配信開始からわずか10分で、同接は3桁を超える。

 コメント欄はお祭りかってぐらい盛り上がる。


《実はさはー、今日学校で、好きピをぉー、オッキさせちゃったー》


 なんだとーーーー!? 今、好きピって言った??

 聞き捨てならない発言に、俺は思わず眉間に皺を寄せながら上体を起こした。


『え? 学校? 高校生なん?』

『え、リアルの男におっきとか言わんといてー( ノД`)』

『誰やねん(嫉妬)』

『好きピ、コ ロ す !』


 すごい勢いでコメントが流れ、俺の気持ちを代弁していく。

 ピヨたんはひよこみたいにツンと唇を尖らせて、大きな瞳をうるうるとさせた。


《でもその人、ぜ〜んぜん、ピヨたんのこと見てくれないの。むしろピヨたんピヨたんって言って動画ばっかり見ちゃってさ……あ、それ、私か♡》


 ぷるんっとピンクに潤った唇に、人差し指をあざとく添えた。

 かわいいーーーー♡


《なんかね、今日もわざとスカートとか、チラっと捲ってみたの。でもダメだったぴえん》


 なんて幸せなヤツだー!

 ピヨたんに誘惑されるなんてーーー!!!


《いつも教室でピヨたんのアーカイブ動画ばっかり見ててさー》


 ん?

 同じクラスに、ピヨたんの推しがいるのか?

 これって両片想いってヤツじゃないのか?!

 うらやまけしからん!!

 しかし、学校ではピヨたんである事は隠してるって事か。

 なんか複雑~。


《絶対、私の事なんて好きじゃないかもだけど、今度、話しかけてみよっかな♡》


 そこで、話題はKポップアイドルのライブに行った話に切り替わった。

 コメント欄はもちろん殺伐としたが、次々に流れ込む初見に空気は塗り替えられて行った。


 ◆


 翌朝。


 教室に入ると、いつも通りの光景。

 百花が隣の席に座っている。

 そして、こちらをじっと見つめて、ツンと唇を尖らせた。


「え?」


 なんだ、その顔は?

 プルプルと潤った唇は、なんだかとても、いつもの百花とは違っていて……眩しい。

 おもむろに、メガネを下にずらして、俺をじーっと見つめながら、上目遣いで瞬きをする。

 百花って、こんな瞳の色してたのか。

 色素の薄い黒目は、陽光を浴びてイエローブラウンに潤んでいた。


「え?」

 この眼差し、どこかで見た事があるような……。


 

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隣の席の地味子がなぜか気になる件 月詠兎 @tsukiyomiusagi

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