第13話 カチコミ準備

「……ここだわ、『宝物庫』。……やっぱり、地下の……一番、深いところ」

「……遠いな。書斎とは比べモンにならねえ」


 竜二は、地図に描かれた、いくつもの危険地帯を指でなぞる。


「……ルートは、いくつかあるみてえだが……。最短で行くなら、ここか。『大回廊』を抜けて、『地下水路』を通って……『王家の墓所』?」


 竜二が、その不穏な名前を読み上げる。 ソフィアは、その地名に、わずかに表情を曇らせた。


「……王家の墓所。……私の一族が、眠る場所。……きっと、父が、強力な守り手を……」

「……だろうな。亡霊の騎士みてえのが、ウヨウヨいねえといいんだが」


 竜二は、かたわらに置いた大剣に目をやる。書斎から持ち帰ったはいいが、その「デカさ」は、狭い通路を通るには明らかに邪魔だった。


「チッ。こいつ、軽いのはいいが、持ち運びが面倒くせえな」

「……そう、だね。それに、大剣を担いでたら、いかにも『敵』って感じで、目立っちゃう……」

「ああ。……なあ、ソフィア」


 竜二は、その大剣をくろがねに変えた、自らの力を思い出す。


「コイツ、『軽く』できんなら、『小さく』もできんじゃねえか?」

「え……? 物質の『質量』を変えるのと、『体積』を変えるのは……。理屈ルールが、違うと思う……」

理屈ルールなんざ、こっちで上書きすんだよ」


 竜二は、早速試してみることにした。 魔力を込め、大剣に意識を集中させる。


(対象、「この大剣」。概念コトバ、「収縮」!)


 ……シーン。 魔力は消費されるものの、大剣はピクリともしない。


「……クソ。やっぱ、無理か?」


 ただ闇雲に念じるだけでは、言霊付与ワード・エンチャントは発動しない。「折れた槍」を「鋭利」にできたのは、「槍」というカテゴリの範疇だったからだ。「大剣」を「ナイフ」に「変形」させるのは、根本的な「定義」から逸脱しすぎているのかもしれない。


「……待って、竜二」


 ソフィアが、何かを思いついたように顔を上げた。


「あなたの力は、『結果』を上書きする力。……なら、『小さくなれ』じゃなくて、『あるべき姿に戻れ』なら……?」

「あ?」

「その大剣は、元は『亡霊』の剣……概念イメージだけの存在だった。あなたが『実体化』させた。……なら、もう一度『概念イメージ』に戻して、持ち運ぶのは……?」「……! なるほど……」


 竜二は、そのヒントにニヤリと笑う。「小さく」するのではない。「見えなく」する。「モノ」としてではなく、「情報データ」として持つ。


(対象、「この大剣」。概念コトバ、「霊体化」……いや、もっと単純シンプルに……)


(――「収納」だ!)


 竜二が、魔力コストを支払い、その「結果」を強く望んだ、瞬間。手の中の大剣が、カラン、という軽い音と共に光の粒子へと変わり……まるでタトゥーのように、竜二の右腕の甲に、一瞬だけ「剣の紋章」として浮かび上がり、すぐに消えた。


「……!」

「すごい……! 武器を概念化イメージして、自分自身に『付与』したんだわ!」


 ソフィアが、興奮したように声を上げる。 竜二は、右腕の甲を見つめる。そこには、何もない。だが、確かに「ある」という感覚。彼は、今度は逆の概念コトバを念じた。


(――「具現」!)


 右腕の甲が淡く光り、光の粒子が、再び「大剣」の形を構築し、竜二の手の中に収まった。


「……へっ。こりゃ、最高だ」


 これならば、持ち運びの面倒さも、奇襲の懸念も、全て解決する。竜二は、この坩堝るつぼの底で、また一つ、最強の力を手なずけた。


「私も、練習しないと」


 竜二が新たな力を手に入れたのを見て、ソフィアも負けじと訓練を始める。

 彼女は、聖域の泉の水をひとすくいすると、それに自身の魔力を込めた。吸血鬼ヴァンパイアの魔力に触れた聖水が、彼女の血液のように、淡い赤色に染まっていく。


「……行け!」


 ソフィアが手を振ると、赤く染まった「水の針」が、数本、鋭い音を立てて飛び、対岸の壁に突き刺さった。


「……まだ、これくらいしか……。威力も、小さい」

「十分だろ」


 竜二が、彼女の努力を素直に認める。


「俺が前衛マエ張る。アンタは後ろから、さっきのネズミみてえに援護頼む。……それと、これだ」


 竜二は、書斎から持ち帰っていた、亡霊が「実体化」させたもう一つの得物……「近衛騎士のショートソード」をソフィアに差し出した。


「え……?」

「俺が大剣こいつでデカいのを仕留める。だが、腐鼠グレイブ・ラットみてえな雑魚の『トドメ』は、アンタがコイツで刺せ」

「私が……?」

「ああ。魔石は、全部アンタのメシだ。アンタが強くならねえと、俺が『実体化』みてえな大技使うたびに、魔力供給でぶっ倒れることになる。……そっちのほうが、面倒くせえ」


 竜二なりの、合理的な「共闘」の提案。ソフィアは、そのショートソードの重みを、決意と共に受け取った。


「……! うん、わかった! 竜二の背中は、私が守る!」

「……おうよ」


 二人は、聖水を水差しに満タンに補給し、書斎から持ち帰ったわずかな保存食を分け合い、万全の体勢を整えた。


「よし、行くか。姫様、準備はいいな?」


 竜二が、バリケードに手をかける。


「うん。……もう、姫様じゃない。あなたの『ダチ』、ソフィアよ」

「……へっ。どっちでもいい。行くぞ、『宝物庫』のカチコミだ」


 二人はバリケードの隙間を抜け、再び万魔の坩堝パンデモニウムの暗闇へと、今度は確かな自信を持って踏み出していく。



 地図を頼りに、城の地下へと続く「大回廊」にたどり着いた二人。そこは、天井が異常に高く、何十本もの太い柱が並ぶ、だだっ広い空間だった。 そして、その空間を埋め尽くすほどの、無数の「気配」。


「……竜二。ダメ……」


 ソフィアの顔が、絶望に青ざめる。彼女の索敵が、暗闇の奥に、うごめく「何か」の大群を捉えていた。


「……数が、多すぎる……! 腐鼠グレイブ・ラットじゃない……! もっと、強いのが……百……ううん、それ以上……!」

「……チッ」


 竜二は、地図を一瞥いちべつする。この大回廊を抜けなければ、「宝物庫」のある地下水路へは行けない。


「……面倒くせえ。だが、やるしかねえだろ」


 竜二は、右腕の甲を光らせ、大剣を「具現」させた。


「ソフィア、覚悟決めろ。……ケンカの時間だ」


 暗闇の奥から、無数の赤い光……魔物の目が、一斉に二人を捉えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る