第14話 アビス・ゴブリン


「ソフィア、覚悟決めろ。……ケンカの時間だ」


 竜二が大剣を「具現」させた、その瞬間。暗闇の奥から、無数の赤い光——魔物の目——が、一斉に二人を捉えた。


 ――キィィィィィ!! 甲高い、耳障りな雄叫び。それは、一匹や二匹ではなかった。何十、何百という鳴き声が、だだっ広い大回廊に反響し、嵐のように二人へと殺到する。


「……!」


 「光る石」の明かりが、その大群の正体を照らし出した。それは、人間の子供ほどの大きさしかない、痩せこけた人型の魔物。だが、その背にはコウモリのような不格好な翼が生え、手には錆びた短剣や石斧を握っている。


「……深淵の小鬼アビス・ゴブリン……!」


 ソフィアが、その魔物の名を絶望と共に呟いた。腐鼠グレイブ・ラットより知能が高く、集団での戦闘を好み、何より、数が桁違いに多い。


「ダメ……竜二、逃げないと……! あの数、相手にしちゃ……!」

「……へっ」


 ソフィアの悲鳴とは裏腹に、竜二は、その絶望的な光景を前に、不敵に笑っていた。


「……面倒くせえが、祭りケンカみてえで最高じゃねえか」


 彼は、聖域の泉で補給したばかりの、満タンの魔力を全身にみなぎらせる。


「ソフィア、俺から離れんな! 背中は任せたぞ!」

「……! う、うん!」


 竜二のようの気に当てられ、ソフィアの恐怖も、わずかに「覚悟」へと変わる。


「――行くぞオラァァ!!」


 竜二は、迫り来るゴブリンの群れの、最も密度の濃い場所へと、自ら突っ込んでいった。大剣には、既に二つの概念コトバが付与されている。


(対象、「大剣」。概念コトバ、「軽量化」・「鋭利」!)


 魔力(コスト)を最小限に抑えつつ、効率を最大化した、対雑魚用のセッティングだ。先頭の一匹が、奇声を発しながら短剣を振りかぶる。竜二は、それを避けることすらせず、大剣を横薙ぎに一閃させた。


 ザシュッ! 「鋭利」の概念コトバをまとった大剣は、ゴブリンの貧弱な武具ごと、その胴体を、何の抵抗もなく両断した。


「キィ!?」

「邪魔だ、次!」


 竜二は止まらない。ケンカ殺法の真髄は、一対多の状況下での「立ち回り」にあった。

 斬り捨てた一体目の体を蹴り飛ばし、二匹目の盾にする。二匹目が怯んだ隙に、三匹目の首を撥ねる。ヤンキー時代に培った無駄のない動きが、この異世界セカイの魔物相手に、完璧に通用していた。


「……すごい……」


 ソフィアは、その背後で、ただただ圧倒されていた。

 腐鼠グレイブ・ラットに苦戦していたのが嘘のように、竜二が一人で、ゴブリンの群れを「捌いて」いる。だが、敵の数は減らない。


「――キィ!」


 竜二の死角、ソフィアの側面から、壁を伝って回り込んできた一匹が、彼女に飛びかかった。


「……!」


 ソフィアは、竜二から渡されたショートソードを、震える手で、しかし確実に、ゴブリンの胸元へと突き出した。ガキン、と硬い手応え。だが、その勢いを殺すことはできた。


「――チィ!」


 ゴブリンが、体勢を立て直そうと、ショートソードを掴もうとする。その隙に、ソフィアはもう片方の手……血の魔術ブラッド・アーツを発動させた。彼女の血液が「針」となり、ゴブリンを、正確に貫いた。


「キィィィギャアアア!?」


 ゴブリンが暴れ狂う。ソフィアは、その隙を見逃さず、ショートソードを抜き、力の限り、そのコアがある心臓部へ、突き立てた。


「……はぁ……はぁ……!」


 魔物が塵へと変わり、小さな魔石が床に転がる。ソフィアが、初めて「一人」で、敵を仕留めた瞬間だった。


「……ソフィア! よくやった!」


 竜二が、前線で戦いながら、仲間ダチの戦果に声を張る。


「……うん! 私も、やれる……!」


 ソフィアは、その魔石をすぐに喰らい、消費した魔力を補給する。

 二人の「戦闘サイクル」が、この大群との戦いの中で、完璧に回り始めた。竜二が「剛力」を付与した大剣で、道をこじ開け、数を減らす。ソフィアが、こぼれた雑魚を、血の魔術ブラッド・アーツとショートソードで確実に仕留め、魔石にする。


 一見、完璧な連携。だが、竜二は、この戦いが「ジリ貧」であることに気づいていた。


(……チッ! キリがねえ……!)


 倒しても、倒しても、大回廊の暗闇の奥から、ゴブリンは無限に湧いてくる。聖水は、まだ使っていないが、このままでは、竜二の魔力が尽きるのが先か、ソフィアの援護が間に合わなくなるのが先か。


「……ソフィア、地図だ!」


 竜二が、大剣でゴブリンを三体まとめて吹き飛ばしながら叫ぶ。


「この回廊、構造はどうなってやがる!」

「え!? えっと……」


 ソフィアは、戦闘の合間に、懐から取り出した地図を必死で確認する。


「……柱、柱が、たくさん……! この回廊、天井を、この柱だけで支えてる……!」

「……そうかよ。……上等だ!」


 竜二は、その答えを聞いて、ケッと笑った。 ケンカは、相手を全員ブチのめす必要はねえ。 「勝つ」か、「逃げる」か。 そして、ここは「突破」するのが目的だ。


「ソフィア! 俺が、デカいのを一発カマす! 魔力が空になるかもしれねえ! そん時は……」

「……! 分かってる! 私の魔力、全部持っていって!」


 ソフィアは、竜二の背中に、再びその手を当てる覚悟を決めた。


「……へっ。頼りにしてんぜ、『ダチ』公!」


 竜二は、前方のゴブリンの群れを一気に蹴散らすと、狙いを、最も近くにあった「大理石の柱」に定めた。


(対象、「俺」。概念コトバ、「剛力、最大」!)(対象、「大剣」。概念コトバ、「重量化」……!)


 「軽量化」していた大剣の理屈ルールを、真逆に「上書き」する。竜二の腕に、ズシリ、と何トンもの鉄塊を持ったかのような、凄まじい「重さ」が戻ってきた。それを、「剛力、最大」の概念コトバで、無理やり支える。魔力が、一瞬で半分以上、蒸発した。


「――オオオオオオオオ!!」


 竜二は、ヤンキー時代に叩き込んだ、特攻カチコミの雄叫びを上げた。そして、その「重さ」と「力」が乗った大剣を、柱の根元めがけて、全力で叩きつけた。


 ゴウウウウウウウン!!!  城全体が、揺れた。大剣が叩きつけられた柱に、凄まじい亀裂が走り、ミシミシと、天井が軋む音が響き渡る。


「――キィ!?」


 ゴブリンたちが、何が起きたか分からず、一斉に動きを止めた。 そして、次の瞬間。


 ガラガラガラガラガラ――ッ!!  竜二が破壊した柱を起点に、大回廊の天井の一部が、バランスを失い、崩落を始めた。 凄まじい量の瓦礫が、ゴブリンの大群の、ちょうど「中央」部分に降り注ぐ。


「キィィィィギャアアア!」


 魔物たちの悲鳴が、瓦礫に飲み込まれていく。


「……今だ、ソフィア! このまま駆け抜けるぞ!」


 竜二は、ガス欠寸前の体に鞭を打ち、ソフィアの手を掴む。 瓦礫の崩落によって、敵の軍勢は、前と後ろに、見事に「分断」されていた。


「……うん!」


 二人は、粉塵が舞う中、崩れ落ちた瓦礫の山を駆け上がり、分断された敵の間を、一気に突破していく。背後で、生き残ったゴブリンたちの怒りの雄叫びが聞こえたが、二人はもう、振り返らなかった。


「……はぁ……はぁ……! やった、な……!」

「……うん! やった……!」


 大回廊を抜け、地図にあった「地下水路」へと続く、湿った階段にたどり着いた二人は、その場で崩れ落ちるようにして、荒い呼吸を整えた。

 絶望的な数の差を、竜二の「機転」と「概念コトバ」、そして二人の「共闘」が覆した瞬間だった。



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クラス転移で堕とされたヤンキーは坩堝の底から愛を叫ぶ  ひより那 @irohas1116

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