企画参加短編:『秋祭りの準備を、君と。』

江口たくや【新三国志連載中】

秋祭りの準備を、君と。

「準備できた?」

「できた!」


 声をかけると、幼馴染はいつものように満面の笑顔で返事をしてきた。

 今日は地元の祭り。

 この辺りでは年間通していくつもお祭りは開催されるけど、今年最後のお祭りが今回ので、公園の中にすごい規模の縁日が並び、御神輿が町内を巡り、花火が上がり、あれもこれもコンプリートした集大成のようなクオリティだった。

 小さい頃からずっと一緒に育ってきた。お祭りも、毎年必ず一緒に参加してきた。


「お祭りってさ、マジでテンション上がるよな! おれ大好きなんだよねー」

「御神輿の町内行列が終わったら、屋台巡りだな」


 毎年、両手いっぱいに食べ物を抱えて、味の違いがわからなくなっているんじゃないかと思えるような頬張りっぷりを眺めるのが、気づけばお祭りの恒例行事になっていた。準備のための着替えも、毎年うちにきて俺の部屋でする。

 そして、恒例行事と言えばもうひとつ――。


「やっぱり」

「え?」


 昔から放っておけないのだ。案の定、今年も予想通りの出来事が起こり、つい笑ってしまった。よれよれの越中ふんどし。このまま外に出たら大変なことになる。


「何年経ったら慣れるんだよ。それじゃあ、御神輿担いでる途中で絶対ふんどし脱げちゃうぞ?」

「げ、マジで?」

「マジで」


 水色の生地に赤い文字ででかでかと町内会の名前が入った法被に、ふんどし。神輿を担ぐ男性陣は、決まってこの格好だ。こいつがちゃんと完璧な状態で着られたことは、今まで一度も無かった。


「何年生だっけ? 途中でふんどし外れちゃったのって?」

「し、小学、三年生……です……思い出させるなよ」

「これ、毎年着てるのに全然慣れないじゃん」

「今年も、お願いします……」

「はいはい。仕方ないな」


 最初の頃は、本当に仕方ないなと思っていた。元々、誰かの世話を焼くことは嫌いじゃない。クラスの女子たちからも、「なんか、お母さんみたいだね」などとよく言われているほどだ。


「ん」


 躊躇いも無く布を持ち上げると、今にも解けそうな結び目が姿を見せた。


「今年はちゃんと出来たと思ったんだけどな」

「ちゃんと……これで……?」


 でもある時から、この恋心を自覚した時から、何もかもが特別な時間に変わった。それと同時に、絶対にこの気持ちを知られてはいけない日々が始まったのだった。


 どきっとした。白くて、綺麗な脚だった。


「なぁ、早くー。どうした?」


 ぼーっとしていたら、覗き込まれるようにして尋ねてきた。


「あ、いや。ちゃんと前、抑えてろよ?」

「じゃあお願い」


 そうだ。なんてことは無い。お祭り前の準備をしているだけ。そこらの家々でも子供の着付けをしている親御さんがいるだろう。それと何ら変わらない。

 どちらかと言えば、滑稽な光景に見えるだろう。なのに、何だか悪いことでもしている気分になる。わかっている。きっと、自分がおかしいのだ。

 考えるな。考えるな。そう念じれば念じるほどに、視線が向かう先は一か所だった。ふんどしの奥。膨らみを感じさせる。心臓の音が早くなって、紐を縛る手先が思うようにいかない。だめだ。頭を冷やせ。


「ねー、まだー?」

「ごめん」


 ごめん。本当に、ごめん。幼馴染相手に、こんなこと考えて本当にごめん。


「上に引っ張るからじっとしてろよ?」


 ぐっと布を上に持ちあげる。軽い。


「じっとしてろって。背伸びしたら意味ないだろ」

「だって、喰い込むんだもん……」


 身長差のおかげで、この位置関係は自然と上目遣いになる。かなりの破壊力だった。熱い。まだ神輿を担いだわけでもないのに全身から汗が噴き出ていた。


「優しくするから」


 今のは、絶対に言葉のチョイスを間違った気がする。良かったのか悪かったのか、自己嫌悪にどきどきもどこかへ吹き飛んだ。

 上に引っ張ってのばしたふんどしを下ろして、形を整える。我ながら手慣れたものだった。毎年やっていれば、そりゃあ上手くもなるのかもしれないが。


「はい。終わったよ」

「さんきゅ。うん、何かさっきより安定してるかも。ほんとに手先、器用だよね」

「そんなことないよ。普通だよ、普通。スマホはどうする? 神社に預ける? 去年、落として探すの大変だったし」

「そうそう。法被に胸ポケットないからさ。手で持ってくか迷ってたんだよね」


 法被をめくって内側を見せてきたのだというのはわかっていても、その奥にある見てはいけないものを両目がしっかり捕らえてしまって、慌てて視線を逸らした。


「神社まで持っててやるよ。絶対落としそう」


 制服を着ている時は、スマホは失くさないように胸ポケットに入れておくように決めさせていた。おっちょこちょいなこいつのことだから、今年はマジでどこかにやってしまうかもしれない。


「さんきゅさんきゅ。やっぱ持つべきものはお前だな」

「はいはい」

「来年もぜひぜひ、よろしくお願いしますよー」

「あ、それが本音だな! ちょっとは自分で出来るようになれよな」

「へへへ」


 こいつがこんな風に頼るのは、俺だけ。それがどうしようも無く、嬉しい。その一方で、頭を埋め尽くす妄想たちのせいで、罪悪感が常に背中合わせだった。でも、来年も一緒に祭りに行ってくれるってことだよな。温かな高揚感に、口角が上がってしまった。


「じゃあ、そろそろ出よっか」


 俺たちは、幼馴染なんだ。言い聞かせるように、部屋を出る。玄関で、白いスニーカーを履いた。法被とふんどしは身に着けるが、安全を考慮して下駄ではなく、靴を履くようにと回覧板にも書いてあった。

 このスニーカー、この前、こいつと買いに行ったやつじゃん。日常のそこかしこに、当たり前のようにいてくれる。この存在を、手放したくない。手放せない。

 玄関を出る。ちょっとだけ、風が出てきていた。


「ねえねえ、あのさ」

「ん?」


 振り返ると、悪戯っぽい笑顔がこっちを見てきた。


「そう言えば越中ふんどしってさ……なんかえっちな名前だよね」

「どこが。ただの地名だよ、富山県の。あっちの方の越後製菓、とか越前ガニ、とかの並びで富山が越中」

「えー! そうなの! あぶねー。誰かに言うところだったわ」


 こんなくだらない話をして笑い合う毎日でいいんだ。できるなら、ずっとこのままでいたい。傍にいられなくなるくらいなら、幼馴染でいい。幼馴染のままでいい。大切だから。これからも大切にしたいから。


「マジでずっとそういう名前だと思ってたわ、おれ」

「それはさすがにきしょいわー。全然違うから。どこかで誰かに話す前でよかったよ」

「やべー、絶対誰にも言うなよ!」


 でも、一番きしょくて一番やばいのはたぶん俺だ。

 だって、今日は本当にまずい。さっきから本当におかしい。叫んでしまいたいくらいだ。



 えっちなのはお前だよ! ばーか!





 

 いつもの地下鉄駅の向こうの神社が集合場所だ。

 こんな煩悩塗れの頭で神社に入ったら罰が当たるかもしれない。


「走るぞ」

「え! ちょっと待ってよ!」


 風が、頭の中の余計な考えを残らず全部吹き飛ばしてくれないだろうか。そんなことを考えながら神社までの道を駆け抜ける。


 夢中で、風を切った。

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