6節3話 過去のダンジョン探索者達が帰らなかった理由
その後は〈エリミネーター〉どころか、奥から他の魔獣の襲撃もない。すでに調査犬パーティーが記録できていない領域を進行中であっても、依然として一本道であることに変わりはなかった。何度かカーブがあったり上下の傾斜があったりはするものの、横道や分岐、開けた空間といった場所に出るようなことはない。
正直拍子抜け、といっていい。当然、警戒を解く理由にはならないが。
途中、ドリス博士が隣に並んできた。
「ヴァルカ、敵の勢いが〝なさすぎる〟と思わんか? あれから襲撃がないのじゃ」
「……ああ。さっきの〈エリミネーター〉も数がいて面倒ではあったが、苦戦するほどではなかった。今のところ、過去のダンジョン攻略者達が全滅するほどとは思えない」
仮にもその者達もダンジョンに到達しているはずだから、実力的には自分達と同程度かそれ以上と考えられる。
すると、そのときだ。
「な、なあ、あれって……」
アルフォンスが指差す先は、道がなかった。
正確には、行き止まり。一本道の先を何かが地面、壁、天井を隙間なく、まるで幕を張るように塞いでいるのである。
それはまるで塗料を塗ったかのような一面白色。
「この特徴は……もしかして、魔獣の皮なのかえ?」
ドリス博士の見立てについてはヴァルカも同じ考えだ。
「それで道を塞いでるってことでしょうか?」
エステルがまじまじと見つめる。
そこでアンナが大杖の先端を、まっすぐ障壁に向けた。
「なら、まずは遠距離から攻撃してみるわ」
魔力を変換し、
「〈アイシクルドリル〉! これで貫く!!」
中級氷属性攻撃魔道。〈アイスアロー〉よりも、倍以上の大きさを誇る巨大な三角錐の氷柱が空中に発生し、尖った先端を目標に向けて浮遊する。それは自然とドリルのように回転を始め、そのまま自ずとロケットのように、ドォンと射出音を立てて発射された。
当然、〈アイシクルドリル〉は何も支障なく衝突。
――したが、まるでシャボン玉のように、あるいはもろく薄いガラスのように、パリンと弾けて消滅してしまったのだった。
「え……?」
術者のアンナも想定外の結果に、唖然とする。
「だったら剣だ!」
次はアルフォンスが両手剣を上段に構えて突っ込んだ。そして刃で裂かんと振り下ろすと――――。
カキン――と金属同士のような衝突音が響いた。
魔道のように消滅はしなかったものの、幕と剣の間に薄い見えない壁があるのか、そこに衝突して弾かれてしまったのだ。
「そんな……」
焦燥感を募らせるアルフォンス。
「まるでこの壁……」
そう呟くドリス博士に、実戦での経験でもっとも既視感を持ったヴァルカが続ける。
「〈タイプ:コマンダー〉の皮膚と同じだな」
「みなさん、この壁、魔力反応があります!」
エステルが告げる。〈シムラクルム〉の視線を、白き障壁に集中させていた。
「〈シムラクルム〉には視界に映るものの魔力を、視認できる機能もあるんです。今アンナさんとアルフォンスさんの攻撃が接触したとき、まるで〈コマンダー〉の皮膚と似た魔力反応を感知しました!」
「魔力は生き物しか発しない……つまりこの白い皮、生きてるってこと?」
と、アンナが表情を険しくする。
「これも魔獣の一種――新種〈タイプ:ウォール〉といったところじゃな」
一同は〝魔獣〟というキーワードに、緊張を募らせる。
「でも……攻撃してきませんね?」
エステルが首を傾げる。その〈ウォール〉は、攻撃する様子どころか微動だにしない。
「もしかすると、〝そういう〟魔獣なのでしょうか。障壁に特化した魔獣……」
すると、そのときだった。
ギギャアァァァァ――――――――。
はるか後方ではあるものの、微かに聞こえた自然の音ではない生き物の鳴き声。
その正体をこの場の全員は知っていた。
「今のって……」
恐る恐る背後を凝視するエステル。〈シムラクルム〉に魔力を込めるも、
「……拡大してもまだ見えませんね」
歩いてきた道は蛇行したり、上下に傾斜があるなど直線的ではないため、まだその姿を視認はできなかった。
「あの鳴き声、〈ポーン〉のものね……」
アンナは平静を装うも、額に汗が流れる。
ここまでダンジョンは一本道だ。つまりさっきの鳴き声の主は、入り口から自分達を追って入ってきたに他ならない。
つまり――――。
「バロック達は……」
それ以上アルフォンスは言葉を続けない。しかし道理で考えたとき、この場の皆の想像に差異は出ないだろう。
一同の思考が、さらなる仲間の死というインパクトに止まりかける。
それを強引に前へと進めたのはヴァルカだった。
「やつらがここに至るまでに、先へ進もう。私が〈ウォール〉を殺す」
「ウム、どうにかできるのはお主だけじゃな。目の前には無敵の壁、背後からは無数の群れ……なるほど、こんな罠があるなど事前に知りようがないし、普通なら詰みじゃの」
それからドリス博士は、杖の先端を〈ウォール〉に近い地面に向け、〈ロックスピア〉を放った。すると地面は掘れたものの、そこであるひとつの事実が発覚する。それは〈ウォール〉が壁や天井、地面に張り付いていたのではなく、埋め込まれていたということだ。端はまだ深く埋まっていそうで、どこまで広がっているのかを確かめている余裕はない。今確認したのは下部の一部だが、恐らく四方八方が同様の可能性が高そうだ。この通路で見えているのは、身体のほんの一部分ということだ。
「なるほど、〝迂回〟対策も万全というわけじゃな」
これが今まで他のダンジョンを攻略しに行ったパーティーが、帰らぬ者達となった理由なのだろう。別の道に抜けようと壁を魔道で掘ったところで繋がるか不明だし、試したパーティーもあっただろうが、帰った者がいなかったということはそういうことなのだ。
「パッと見、口らしきものも見当たらないし、世連お得意の自爆戦法も使えなそうね」
魔獣には全般、生物に一般的に共通して見られる器官がほぼないが、この〈タイプ:ウォール〉には口腔すら見当たらない。つまり〈コマンダー〉に対する王道対策である、捕食されて〈ゴア・ボム〉ないし〈ゴア・バースト〉を発動するという自爆戦法も使えない。
さっそくヴァルカは警戒しつつ近づいて、右手で〈ウォール〉に触れた。
「〈ファイヤーボール〉」
途端、白き壁が炎をまとった。悲鳴すら一切上げず、命が燃えていく。そのさまを一同が成功を祈りながら見守っていると、だんだん塩をかけられたナメクジのように黒焦げになりながら縮んでいった。その縮みによって塞いでいた通路に徐々に隙間ができていき、やがて半分くらいの大きさにまでなる。
これで先へ行くことが可能だ。
「隙間ができた。先へ急ぐぞ」
ヴァルカが背後にいる仲間にそう伝えると、皆が頷く。
アンナを除いて。
「アンナ……?」
ドリス博士が、ふと後方の〈ポーン〉を気にしている彼女に話しかけた。じっと黙ってヴァルカの声掛けにも反応せず、視線と意識を注いでいる。
そして、
「……私、ここに残るわ」
ぽつりと決意を口にした。
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