6節4話 アンナの決意

 進もうと意識を前に向けていたドリス博士を除く皆が、突然のアンナの一言に対し、一斉に振り返る。

 まず声を上げたのはアルフォンスだ。


「は!? 残るってどういうことだよ!?」


「いずれ〈ポーン〉は私達に追いつく。どこかで誰かが止める……少なくとも時間稼ぎをしないといけない」


「それを……アンナさんがするってことですか?」


 エステルの問いかけに、アンナはこくりと頷く。


「元々氷属性の魔道は集団戦に向いてるし、あるいはさっきの〈ウォール〉みたいに、隅々まで氷を張って道を防いだりもできる。味方を巻き込まないなら、ひとりだと大規模な魔道も使えるわ」


 そんな彼女は、リーダーに視線を向けて判断を求めた。


「判断を、リーダー」


「……死ぬぞ?」


「覚悟の上よ。もちろん生きて帰れることに、越したことはないけどね。でもそれ以上に――――」


 その瞳に、強い意志をたぎらせて。


「自分で選んだ戦場で、人類のためになることをしたい」


 判断を求めているが、実質強要のようなもので、〝ダメだ〟と言ってもきっと聞かないだろう。

 そう思ったヴァルカは、頷いて返す。


「足止めを頼む」


 すると彼女は口角を上げて、


「任せて。そうね……もしまた会えたら、今度こそデートくらいしてよね」


「……考えておこう」


「いや、そこは気を使って〝わかった〟って言いなさいよ……」


 そのときだ。

 ギャギャッ――――。

 後方から聞こえる〈ポーン〉の鳴き声が、どんどん近くなっていた。


「行って!」


 と、アンナが他のみんなを促す。会話はここで終わりだ。


「アンナさん、その勇姿、しかと記録しました……!」


「ありがとう、エステルさん」


「お前との言い合い、なかなか楽しかったぜ! 氷のように棘だらけだったけど」


「まあ、私も悪い気はしなかったわ、アルフォンス」


「お主の決断、同じパーティーメンバーとして誇りに思うぞ」


「ありがとうございます、ドリスさん」


「君の想いも、ちゃんと〝背負って〟行こう」


「ええ、お願いヴァルカさん」


 そうしてヴァルカ達は、その場にアンナを置いて、〈ウォール〉の塞いでいたダンジョンの奥へと走り去っていった。



     ×    ×    ×



「ふう、大役を担ったわね」


 アンナは誰にも当てなく、ひとりごちる。

 思えば遠いところまで来たものだと思う。両親の反対を押し切って世界連合軍に入り、組織体質を気に入らずすぐそこも飛び出して、今や討伐者。

 我ながら筋金入りのワガママ娘だ。自分の決めたこと、納得したことしかしたくないし、できない。それだけでここまで来てしまった。でもこれが性分なのだから仕方ない。


(その代わり、失ったものも多いけど……)


 家族のいた村は、帰らないうちに〝帰れない〟場所となり、両親は〝帰らぬ〟人となった。家出のときの喧嘩が、顔を見た最後のとき。親不孝者だ。

 だからこそ、なおさら引けなくなった。引いたらすべてが無意味になりそうで。

 果たして自分は、自分のなりたい自分になれただろうか。


「お母さん、言ってたよね。みんなのためになるような生き方をしなさいって。……やっとできるわ、自分の選んだ戦場で」


 迫る魔獣達の足音が、すでに耳に届くくらい近くなっていた。


「あの世に行ったら、褒めてくれるかしら。それともまずは家出して、世連軍に入ったことを叱られるかしら」


 ふふっと口元が緩む。不思議と恐怖心はない。

 魔獣達の――〈ポーン〉の群れがギチギチに道を塞ぐように大量に迫ってくるのが、視界に入った。まるで水流のように、どこまでも途切れなく無数に続いていて、本当にヴァルカさんという〈ウォール〉を破壊できる手札が、こちらにあって良かったと思う。

 そして、向こうもこちらに気づいた。


「ギギャッ!」


 〈ポーン〉の群れは最初ぞろぞろと慎重に歩行していたが、こちらに気づいた途端我先にと獲物を貪ろうと駆け足になった。

 一方のアンナはそれを視認しても焦らず、ゆっくり大杖を掲げて、構える。

 小さく深呼吸し、魔力を変換、魔道を発動。

 すると、まず地面が静かに凍り始めた。

 自身の足を巻き込んで。


「とっておきの上級氷属性範囲攻撃魔道よ。まあ、私という代償を支払う必要があるけど」


 凍結する範囲は地面から壁へ天井へと広がっていき、やがてアンナの向く魔獣達のほうへと伸びていった。


(すべては倒しきれないけど、時間稼ぎには十分なるはず……)


 同時に自身も徐々にスネ、膝、太もも、腰部と昇るように凍結していく。


「アルフォンスのバカと違って別に英雄願望なんてないけど、まさかこんな穴倉で誰にも看取られることなく死ぬ羽目になるなんてね。せめてもっと見晴らしのいいところで、ドラマティックに逝きたかったわ」


「ギギィ……!」


「ギギャァ!」


「ギィー!」


 迫ってくる群れが、ついに凍結範囲に足を踏み入れた。

 途端――――。


「ギッ――」


 瞬時にやつらの肉体は氷像へと変換させられた。


「……まあでも、無様だろうがこれも生き様ね。だって私が、〝これがいい〟って思ったんだから……!」


 凍結範囲はどんどん広まりながら、向かってくる魔獣達を次々と凍らせていく。

 すでにアンナも下顎付近まで凍結していた。凍りつく速度は術者のほうが遅いものの、確実に彼女自身の命も蝕んでいく。

 しかしその表情は柔らかく、瞳は依然として強く煌めき、激しく燃え盛る。


「――――――――凍て果てろ。〈グレイシャル・ピリオド〉」


 敵を巻き込んで、その魔道はダンジョン通路内に長大な氷の栓を敷き詰めたのだった。

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