6節2話 タイプ:エリミネーター
「ひっ、虫……!?」
アンナが青ざめている。
それは今まで見たことのない、まるでダニのような丸みを帯びた形状をした種類だった。その体長は魔獣の中では小型だが、左右合計八本の脚を含めて一メェト強はあり、虫として見ると巨大である。やはり白一色の外見に、口腔以外器官を持たない。
「ううん、あれは魔獣……虫じゃない、あれは魔獣……魔獣、魔獣……虫じゃない……よし、大丈夫!」
「さすがアンナさん、切り替え早いですね!」
「エステルさんは平気なのね」
「これでも田舎出身なので!」
「そういう問題……?」
「ほら、お主ら、喋ってる場合じゃないぞい! 十や二十じゃ済まなそうじゃぞ!」
ドリス博士の忠告通り、どんどん奥から数が迫ってきていた。百もいないだろうが、地面、壁、天井と埋め尽くし、自由に這いずっている。
ダンジョン外でその存在が確認されたことがないのは、役割がダンジョン内での外敵排除にあるからだろうか。証拠に大きさといい、虫のような機動性といい、この場での活動に最適化しているように思える。
「気を付けてください、こいつらが調査犬パーティーを襲った魔獣です……! まだ正式ではありませんが、仮で〈タイプ:エリミネーター〉と呼称しています! 確認されている攻撃手段は飛びつきからの牙による近接攻撃、防御手段としては土属性の魔道を使います! 牙には毒があるみたいなので、注意してください!」
エステルは虫型でも平気なのか、形状への怯えよりも魔獣を相手にした妥当な警戒心を見せていた。
「強化魔道をかけなおすのじゃ! 〈グランパワーブースト〉! 〈グランガードブースト〉! 〈グランスピードブースト〉!」
この場の全員に向けて、ドリス博士が錫杖を掲げて魔道名を連呼する。上級無属性強化魔道だ。〈限界変換量〉に優れる彼女の魔道は、一度の詠唱による強化量が極めて大きい。
続けて、追加で別の魔道も追加した。
「ほれ! 〈ポイズンレジスト〉も追加! アルフォンスには剣に〈ハーデン〉も付与して、耐久マシマシじゃ!」
「助かるぜ、ドリスさん!」
彼女がS級であるのは、その〈限界変換量〉の高さだけじゃない。補助や支援に特化はしているものの、その多彩な使用可能魔道の多さにあった。普通魔道使いは得意不得意が明確で、いくつかの魔道だけが伸びていくケースがほとんど。しかし彼女の場合はそうでないようで、治癒魔道から強化魔道、〈ポイズンレジスト〉のような耐性魔道や、〈ハーデン〉のような物体の耐久性を上げる魔道にも通じている。
そのことからかつての現役時代の二つ名が、〈百支柱〉。パーティーを後ろから支える柱として、無数の手札を持つことからそう呼ばれたそうだ。ただ一方で攻撃魔道は不得意なようで、初級の攻撃系魔道を多少使えるようだが、魔力コントロールの観点からあまり使わないらしい。
「〈フローズン・スタチュー〉!」
アンナがすぐさま中級氷属性範囲攻撃魔道を発動する。大勢を片付けるのに最適の魔道だ。迫る〈エリミネーター〉達がこちらへ到達する前に、先手で凍らせていく。
しかし奥から奥からとどんどん数で攻めてくるので、すべてを凍らせるには至らず、どうしても撃ち漏らしが発生してしまった。
「漏れたやつ、お願い!」
アンナが声をかけた相手は、ヴァルカやアルフォンスだ。単体を的確に排除するのに長けたメンバーが、その対処を行うことでフォローする。
「任されたぜ!」
ドリス博士の各種強化魔道に加え、自身の本来の魔道でも重ねて身体能力を底上げしたアルフォンスは、両手持ちの大剣をまるで棒状に丸めた紙のように軽々と振り回した。
「うおっ! いつもより軽い!」
そして飛びかかってくる〈エリミネーター〉達を、温められたバターのように端から薙ぎ払う。防御手段としてやつらは中級土属性防御魔道〈ロックシールド〉を使い、〈ロックドーム〉には及ばない薄い岩の壁を出現させるも、それごと斬られてしまうのだった。
「抵抗もほとんど感じねぇ……!」
ヴァルカも言葉を発しないが、動きやすさを実感していた。〈シフト〉に魔力を割く必要なく、ほとんど身体能力だけで目標に接近し、次々と手で触れては〈ファイヤーボール〉を体内に送り込み、触れては送り込みと、流れ作業のように燃やしていった。
「さすがじゃのう。これで〈限界変換量〉が上がる魔道もあれば、完璧なのじゃが……」
今のところ、人類史上そんな魔道は見つかっていない。それがあれば、〈スペムノンハベット〉のような装置はわざわざ開発されていない。
それから二十分ほど経過して――――。
「これで、終わり……?」
アンナが通路の奥へ視線を見やる。この場にいる〈エリミネーター〉が死骸のみ――襲ってくる個体がもういないことからするに、どうやら一旦は打ち止めのようだ。
「の、ようじゃな」
とドリス博士。
この魔獣は魔道の使えない犬などの動物にとっては脅威だが、数十いる群勢さえ対処できれば苦戦しない相手だった。人類の対処はあくまでダンジョン外で完結することを想定しており、内部にまで入ってくることを視野に入れていないのかもしれない。例えば野生動物が迷い込んだときなど、あくまで人類以外の侵入者に対処することを主な役割としているようだ。
とはいえ、脅威と感じなかったのは、こちらも絶妙にパーティー人数が適切だったからというのもあるだろう。
これ以上メンバーが多いと地面に壁に天井と、四方八方から襲ってくる群れに対して身動きが取りづらかっただろうし、下手に動けば味方への同士討ちの可能性もあった。
「ハァ……ハァ……。一体一体は雑魚だけど、さすがに疲れるな……」
アルフォンスを始め、ヴァルカや攻撃魔道を端から発動していたアンナも、肩で息をしていた。
そんな彼らを見て、ドリス博士が、
「〈レスト〉」
と、唱えた。すると橙色の優しい光が、ヴァルカとアルフォンスとアンナを包み込む。
「肉体疲労にはこれじゃな」
「本当に、〈百支柱〉の名は伊達じゃないわね……」
みるみる顔色が良くなっていくアンナは、ドリス博士の多彩さに感心していた。
ヴァルカとアルフォンスも、嘘のように息が整い、あっという間に肉体から重しのような疲れが溶けていくのを実感する。
「これなら無限に戦えるぞ……!」
すっかり元気になったアルフォンスは、戦う前のような戦意を取り戻す。
そんな彼をアンナが窘めた。
「ここはダンジョンの中よ、あまり調子に乗らないで。さっき上手く戦えてたのも、ドリスさんの強化魔道があってこそ。それに人間である以上、魔力は無限じゃないわ」
「わ、わかってるって……ちょっと言ってみただけじゃん……」
「……先へ急ごう。喋っている時間はない」
そうヴァルカが先頭に立って進み出すと、自然と皆も口を噤んで歩き出す。全速力で急ぎたいところではあるが、未知の領域であるため、警戒しながら慎重に進んでいく。
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