クビになったけど、その後のことは私には関係ありませんので。〜気まぐれ世界樹と人間嫌いの錬金術師〜
@lemuria
尽きないため息
「お前はクビだ」
開口一番出て来た言葉がそれだ。
また始まった、と私は心の中でため息をつく。
ここは王立錬金研究所。主に薬草等の植物を扱う部門。ここで働いてもう5年目になる。
実験、調合、記録、鑑定。
植物に囲まれて生活するこの仕事は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
けれど、どうやら私はここでは嫌われているらしい。
愛想がない。
付き合いが悪い。
雰囲気が暗くなる。
離婚した女などろくなものではない。
文句とか悪口だけならまだ良い。
飲み物に毒を混ぜられたこともあったし、夜道で誰かにつけられたこともあった。
寮の部屋の鍵も壊されて、勝手に中に入られたこともある。
ここではそれが日常だった。
特にこの男、エドガー所長は、一日一回、私に文句を言わないと落ち着かない病気にでもかかっているらしい。
入った時から何かと難癖をつけてくる男で、どうにも、役に立たない無能、として認識されているようだった。
ここはしっかりと教育を受けたいわば“エリート”しかいない。
だから、地方から来たぽっと出のような私が気に入らないのかもしれない。
実力主義を謳っている王立研究所でも、中に入れば結局こんなものだ。
まあ、何かを言っているだけなら聞き流せばいい。
けれど今日は、とうとうこんなことを言い出した。
「……なんの冗談ですか?」
「とぼけるな」
エドガーは机の上の木箱を指で叩く。
中には、薄いガラス板に厳重に封じられた独特な形をした葉がある。
これは世界樹と呼ばれる木から採れる葉。
この研究所のメインの研究対象で、これ1枚で1人分の人生を買ってお釣りが来るぐらいの価値がある。
どんな怪我、病をも治す奇跡の葉。
ここに四枚あったはずのそれが、今は三枚しか入っていない。
「ここにある葉が、お前の当番の日に減っていた。犯人はお前しかあり得ない」
鼻で笑うような息をつき、エドガーはさらに言葉を重ねた。
「目撃証言もある。お前が保管室を出入りして、何かを持っていくところをみた、と」
「……私が?」
「前から怪しいと思っていたんだ。ようやく尻尾を出したな」
エドガーはゆっくりと椅子にもたれ、勝ち誇ったように口角を上げる。
「この研究所で葉を扱えるのは限られた人間だけだ。それはみんな、昔から苦楽を共にしてきた仲間だ。新参者はお前だけだ」
つまり仲間ではない。
そう言いたいらしい。
別に仲間と思われたいわけでもないが、ここまであからさまに敵扱いされるのは、さすがに心外だ。
私はそれなりにこの研究所に貢献してきた、という自負がある。
この王立錬金研究所は、この数年で急速に発展した。その最大の理由はここに世界樹が発生したことだった。ただの木だった一本が、ある日を境に、世界樹特有の葉をつけ始めた。
それ以来、ここは王都で最も注目される研究施設のひとつになり、規模も予算も大幅に拡大した。
私は世界樹について人より詳しい。
というか私より詳しい人はいないんじゃないかと思う。
だからこそ、研究のために知っている限りの知識の提供をしてきたつもりだ。なのにこの扱い、という事は私の知識を全部吸い取ったから、もう用済み、ということだろう。
「世界樹の葉を盗むなんて、よくもまあ大胆な真似をしたものだ。お前みたいな小娘にそんな度胸があるとは思わなかったが」
エドガー所長がニヤけながら嘲ってくるが、結局のところ私が気に入らないだけなんだろうと思う。
なんでもいいから難癖をつけて、ここを追い出したい。
そのために、私が盗んだことにしたい。
ただそれだけだ。
私は呆れてため息をつく。
そして、思いつくままにエドガー所長に向かって言う。
「葉を盗んだ?私が?それでクビで済むんですか?寛大すぎて涙が出ますね。あの葉、一体いくらすると思ってるんです?
私だったら憲兵を呼んで拘束して、証拠集めて、死ぬほど探して何がなんでも回収しますよ。なんでそうしないんですか?」
「ずいぶん饒舌だな。だが、葉はもう見つかっているんだ。お前の寮部屋からな。とっくに証拠がある」
「……なんですかそれ」
葉が私の部屋から見つかった?バカバカしい。そうまでして私に罪を着せたいのか。
部屋の鍵は壊されて、何度言っても直すのを渋られていた。こういうことのためだったのか、と今になって思う。
というか、そこまでするぐらいなら別に辞めたって構わない。
「ち、ちょっと待ってくださいよ!カトリーナさんがそんなことをするはずありません」
エドガー所長がそう言い終わらないうちに、割って入った声があった。
この男はルイス。
見た目は若いが、研究所では私より年季が長い。何かと私に世話を焼いてくる。
敵ばかりのこの職場で、私の味方をしようとする奇特で珍奇な人間だ。
「絶対に何かの間違いです!真面目で一生懸命なカトリーナさんが、葉を盗むなんてことをするはずないです!」
「あなたも疑われるわよ。黙ってた方が良いわ」
「カトリーナさん…」
「私が気に入らないんでしょう。わかりました。ここを辞めて今日中に出ていきます。ですがその後のことは私とは何も関係ありませんので」
そう言うと私は白衣のボタンを外す。
ひとつ、ふたつ。脱いだ白衣を机の端に置いて、手帳を掴みエドガーに背を向ける。
「ふん、ようやく観念したか」
私は何も言わず、扉を開けて部屋を後にした。
「カティ、大丈夫?」
私を愛称で呼ぶ声が聞こえた。そんなことする人は一人しかいない。
いや、人というのは間違いだ。
この宙に浮いているモフモフした毛玉の犬のような物体。
手のひら二つ分くらいの丸い毛の塊。
空に糸で吊るされているみたいに、私の目線の高さで止まっている。黒目がちの目が二つ、こちらを真っ直ぐに見ていた。
「シル」
名前を呼ぶと、丸い耳がぴくりと動いた。
「見てたの?」
「見てたし聞いてたよ。ボクの横でやってたじゃないか」
シルは私の肩の少し上へすべって寄り、綿毛をふわっと膨らませた。草いきれと土の匂いがかすかに混じる。
私は小さく息を吐く。
「聞いてたなら話早いわよね。私ここクビになったから。今日でお別れね」
「そんなこと思ってないくせに」
「そう言っとかないとこの後のこと私のせいにされても困るでしょ?」
「ボクに言っても意味ないと思うよ」
この宙に浮かんでいる生き物っぽいものはシルという名前だ。
この喋る奇妙な毛玉は、私にしか見えない。声も私にしか聞こえない。
初めて見えた時、私は本気で頭がおかしくなったと思った。
というか今でもそう思ってる。
あんなものが見えて、喋るなんて、常識的に考えてあり得るわけがない。
これは自称・世界樹の精霊だ。
本人がそう言っているのだからそうなのだろう。
知らないけど。
五年前、私は幼い頃に家から盗まれた世界樹の鉢を取り戻した。母の形見でとても大事にしていたものだった。
その際に、枯れかけた木に、世界樹の葉を肥料として使った時から徐々に見えるようになり、声も聞こえるようになった。
本人が言うにはそのおかげで目を覚ますことができたそうだ。
知らないけど。
私はそれから、たぶん幻覚であろうこの毛玉と、ずっと一緒にいる。
いまだに、何がどうなっているのかはさっぱりわからないけど、もう考えるのは諦めて、そういうものだと割り切ることにした。ファンタジーは私の分野じゃない。
私の持っていた世界樹から現れたシルは、私の職場に勝手についてきて、勝手に職場の木を棲家にして、勝手に世界樹の葉を実らせた。
それはそれはもう大騒ぎになったけど全部シルが勝手にやったことだ。
私は関係ない。
本人いわく「ボクが棲む木が世界樹になるだけだよ」だそうだ。
そんなわけで、私の職場……ではなく元職場には世界樹の木があるのだ。
私がここを辞めなかった理由は、シルにとってとてもいい環境にあるからだ。
周りに植物が多いところの方が、世界樹は育ちやすいらしい。世界樹の育て方も伝えてあるので、万が一シルが休眠状態に入っても、すぐ誰かが葉を使ってくれるだろう。
つまり私がいなくなったとしても、ここでならシルはちゃんと活動できるのだ。
「カトリーナさん! 待ってください!」
背中のほうから声がして、思わず足を止めた。
振り向くと、ルイスが息を切らしながら駆け寄ってくる。
「何の用?」
「何の用、じゃないですよ! 本当にやめちゃうんですか?」
「やめるも何も、クビになったからね」
「そんなの、何かの間違いですって! 僕がなんとかして説得しますから――」
はぁ、とひとつため息をつく。
めんどうくさい。
そもそも、葉を実際に私が盗んだかなんてどうでも良いのだ。エドガー所長だって、大義名分を作るために“私が盗んだ”ことにしただけだろう。
というか本当に盗まれて無くなってでもいたら所長の方がよっぽど大変なことになる。
別に、この研究所は嫌いじゃなかった。
けれど、そこまでされても居座りたいというほどの未練もない。
「心配して来てくれたんでしょ? 相手してあげたら?」
肩のあたりで、シルがのんきな声を出す。
もちろんルイスには聞こえていない。
どうかしらね、と私は曖昧に答えて、目の前の青年を見下ろした。
「ねえ、私は世界樹と話ができる、って言ったら信じる?」
「信じます!」
即答だった。
ちょっと試すだけのつもりだったけど、その早さと勢いに、面食らってしまった。
あっはっはと、シルが笑っている。
「ねえ、絶対この子、カティのこと好きだよ」
「見ればわかるわ。物好きね」
「ボクはこの子気に入ったな~。カティのために一生懸命だよね」
「もう人間と深く関わりたくないの。知ってるでしょ」
「知ってるから言ってるのに。この子ね、多分適性あるよ。ボクちょっとお話ししてみたいな」
シルから視線で促される。それだけでシルが何を言いたいか理解できた。
私は、はぁ、ともう何度目になるかもわからないため息をつく。ため息ばっかりついてる気がする。
「これ、食べて」
私はそう言って、有無を言わさず、ルイスの口に小さな丸薬を押し込んだ。
私が調合した薬だ。
舌を引っこ抜きたくなるほど苦いし、顔を真っ赤にして悶絶してるけど、まあいいや。
しばらく地面でのたうち回っていたが、やがて咳き込みながら息を整え、私を見上げた。
「なん、ですか、これ」
「そのうちわかるわ」
ルイスが首を傾げる。
けれど、その表情がみるみる変わっていった。
私の肩のほうを指さし、震える声を出す。
「そ、それ……!」
「あ、見えるようになったかな?」
シルが嬉しそうに尻尾(らしきもの)をふる。
「ボクは世界樹の精霊、シルだよ! 今キミ、世界樹の葉を食べたでしょ? それで見えるようになったんだよ」
「世界樹の葉!?」
ルイスはその場で固まっていた。
きっと声も、もう聞こえていない。
まあ、無理もない。情報量が多すぎて、頭の回転が止まったのだろう。
「えっ!? そ、そんな貴重なもの、僕、食べたんですか!?」
「そうよ。言っておくけど研究所のじゃないからね。私の私物よ」
「え、いや、なんでそんなもの持って……いや、それより、お、お金……!一生かかっても返しますから!」
「いいわよ。悪いのはそこの毛玉だから」
「で、でも……」
「もしキミが気にするというなら、ひとつボクに協力してくれないかな?」
「協力?」
「そ。協力。ボクは怒っているんだよ」
勝手に口に押し込んだあげく、食べたんだから協力しろなんて強請られている。シルの悪巧みがまた始まった。
私は関係ない。
絶対に関係ない。
* * *
あれから一週間が経った。
私は仕事の引き継ぎもせず、さっさと荷物をまとめて寮を出て自宅に戻っていた。
自宅といっても、たいしたものはない。
休みの日しか帰っていなかったせいで、部屋の中は拍子抜けするほど殺風景だ。
本棚と机、それに母の形見である鉢植えだけ。
引っ越すのも簡単だ。
私は、窓際に置いたその鉢に水をやりながら、小さく息をついた。
枯れ木同然だったそれは、今では瑞々しい葉を広げている。
世界樹の葉だ。
まあ、そうなると思っていた。
シルも私と一緒に研究所から戻ってきたのだ。
あの毛玉は、あっけらかんとした顔で言った。
「ボク、やっぱりこっちの木の方が落ち着くんだよね」
つまり、またこの鉢を“棲家”に選んだということ。
世界樹とは、シルが宿った木そのものを指す。
だから、シルが移れば世界樹も移る。
研究所の木はもうただの木になり、今、世界樹はここにある。研究所はこれからどうなるか……考えたくもない。
私は別に戻ってこいと頼んだ覚えはない。
シルはどうやら、私に“恩”を感じているらしい。
五年前、私が眠っていた世界樹…シルを目覚めさせたからだそうだ。
恩返しのつもりで私についてきているらしく、勝手に職場の木を世界樹にしたのも、その一環だろう。
シルの存在を知っているのは私だけ。
当然だ。
宙に浮いて喋る毛玉なんて、他人に話しても信じてもらえるわけがない。
世界樹の葉を摂取したからといって、誰でもシルが見えるわけでもない。
適性とか、相性とか、何かしらが必要らしいが、その仕組みは私にもよくわからない。
ただ、ルイスには見えたと言うことは、なんらかの適性があったのだろう。
そして今、私の家に案の定、エドガー所長が押しかけてきた。
玄関の前には、顔を真っ青にしたエドガーと、その後ろに所在なげに立つルイスの姿。
どうせそのうち来るだろうとは思っていた。
要件も、だいたい予想はついている。
「カ、カトリーナ! 助けてくれ!」
扉を開けるなり、エドガーは叫んだ。
髪は乱れ、いつもの横柄な態度はどこにもない。
焦りと恐怖で目を血走らせ、肩で息をしている。
話を聞くと、研究所の植物はすべて枯れ、世界樹の木は真っ二つに折れたそうだ。
厳重に保管してあった世界樹の葉も、全て色を失って崩れ落ちたらしい。
絶対に枯れることのないはずの葉が枯れた、それだけで事態の異常さがわかる。
もちろん、原因はシルだ。
ずいぶんと派手に暴れたようだ。
そして、ルイスはシルに頼まれて事の説明役をしていたとのことだ。
「ルイスから聞いた! 世界樹はお前のところにいるんだろう!?このままでは研究所は取り潰しだ! 俺は世界樹を紛失させた罪で投獄されてしまう!」
「だから何です? 私はもう関係ないって言いましたよね」
エドガーの顔から血の気が引いていく。
それでも縋りつくように、玄関の段差に膝をついた。
「た、頼む! 俺が悪かった! 今までのことは謝る!世界樹に戻って来てくれるように……伝えてくれ!」
「私は別に世界樹に言うことを聞かせているわけではありません。木に直接聞いてください」
そもそも私が引き上げたわけでもないし、頼み込んであげる義理もない。
勝手にやって欲しい。
私は鉢を手に取り、指先で一枚の葉をつまみ上げた。もったいないかもしれないけどこれでわかるだろう。
「どうぞ」
「お、おお……! 世界樹の葉……!」
エドガーが震える手でそれを受け取った。
その瞬間。
葉はみるみる色を失い、粉のように崩れ落ちた。
静寂。
私が口を開くより先に、風が吹き抜けた。
シルの声が、かすかに耳の奥に響く。
その言葉を、ルイスがかすれた声で通訳する。
「カトリーナさんを嫌いな人は、嫌い……だそうです」
エドガーの顔が真っ青になり、その場に崩れ落ちた。
「再度言いますけど、私には関係ありませんので。全部木が勝手にやったことです」
エドガー所長を追い返し、扉が重く閉まった。
やっと、静かになった。
私は息を吐き、胸の奥につかえていたものを押し出すように肩を落とした。
「ご迷惑をおかけしました……」
ルイスが深々と頭を下げる。
「どうせ、こうなると思ってたからいいわ」
私がそう言うと、ルイスは不安そうに顔を上げた。
「これから、どうするんですか?」
「次の仕事を探さないとね。……隣の国にでも行こうかしら」
その一言に、ルイスの目が見開かれた。
言葉の意味を飲み込むように、唇をわずかに開き、何かを言いかけては飲み込む。
少しの沈黙のあと、何かを決心したように彼は拳を握りしめた。
「ぼ、僕も……」
「ん?」
「僕も、ついて行っていいですか?」
私はまばたきを一度して、彼の顔を見た。
「僕は……カトリーナさんが好きです!そばに居させてください!」
堰を切ったように、彼が叫ぶ。耳まで真っ赤にして目を瞑りながら、頭を下げている。
「……」
私はしばらく無言で彼を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……ねぇ、ひとつ聞いてもいいかしら?」
思ってもいなかったのか、質問に不意をつかれて、すこしうろたえながら返事した。
「な、なんですか?」
「私の家の場所、どうして知ってたの?所長をここに連れて来たのあなたでしょう?」
瞬間、ルイスの表情が凍りついた。
質問の内容は単純だ。
理解できないはずはない。
問題なのは、その質問の意図だ。
ルイスには私の質問の意図がちゃんと伝わっているようだ。
「それは……研究所の名簿で調べて……」
ルイスはしどろもどろに言葉を繋いだ。
「嘘ね」
私がそう言った瞬間、彼の肩がびくりと震える。
「名簿に登録されてるのは実家の住所よ。私がここに住んでいるのは誰も知らないはずなの」
沈黙が流れる。
私はルイスをまっすぐに見据えた。
「 ……誰かが後をつけたりしない限りはね」
ルイスの喉が小さく鳴った。
手のひらに汗が滲んでいるのが、見なくてもわかった。
「そ、そんな……! ぼ、僕はただ……」
「そもそも、世界樹の葉を盗んで、研究所の私の部屋に隠したのもあなたでしょう?」
ルイスの凍った表情が崩れて、あからさまに取り乱し始めた。
「そ、それは……違……!」
「私が出入りしていた、と目撃証言をして、所長に葉を見つけさせたのも。他の職員に、私の悪評を吹き込んだのも全部、あなたよね」
ルイスが後ずさる。
言葉を探して口を開くが、何も出てこない。
「私を孤立させて、自分だけは味方みたいな顔をして、近づいて、そういうつもりだったの?」
「い、いや……! 僕は、そんなこと……!」
ルイスの声は震えていた。
言葉では否定しているのに、私と目を合わせられていない。
私はその行ったり来たりする視線の動きを、ただ静かに見つめていた。
「シルに聞けばわかるわよ。研究所内の植物は、みんなシルの配下みたいなものだもの。世界樹の葉がどこにあるかくらい、シルは全部把握してるわ」
当然だよ~と、気の抜けた声で相槌を打つ声がした。肩に乗ってきたシルの頭を撫でる。
ルイスの喉が動いた。息をのむ音が、はっきり聞こえる。
「……そ、そんなことあるわけ……」
「私の方がシルとの付き合い長いのよ。それに、私も世界樹の葉を食べてるから、毒なんて効かないわ」
私は軽く微笑んだ。唇だけが動く。
「残念だったわね」
ルイスの顔が真っ青になり、言葉を失う。私が責め立てるたびに顔色も表情もコロコロ変わる。言い逃れなんてさせるつもりはない。
「手足が動かなくなる毒、だったわよね」
私はゆっくりとまるで答え合わせでもするかように続けた。
「動けなくなった私に何をするつもりだったのか知らないけど、シルが無毒化してくれたの。あの時ばかりは、シルに感謝したわよ」
目だけで肩のシルを見る。
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしていた。
「あなたと一緒だと、どこに行ったって所長みたいな人が出てくるわ。だからはっきりとお断りするわね」
「ど、どうして……」
ルイスの声が震え、言葉が噛み合わなくなる。
顔は真っ赤に染まり、目は涙と怒りで濁っていた。
「どうしてだよぉ!」
「なんで僕を見てくれないんだよ!誰も信じられなくなれば、君は僕を頼るしかなくなるじゃないか!」
「葉を隠したのだって、君の冤罪を晴らすためならなんでもできるって証明したかっただけだ!」
「毒だってそうだ!君が倒れたら僕が助けて、介抱して、そしたら、きっと気づいてくれると思ったんだ!僕が、誰よりも君を愛してるってことに!」
「全部、全部あれは必要なことだった!君が僕だけを見てくれるために……そうしなきゃいけなかったんだ!」
「こんなに、こんなに君を愛しているのに……!」
喚き立てるルイスを私は冷たい目でみていた。
「私は嫌いよ」
「ボクはキミのこと好きだよ~。カティのことを好きな人は好き」
シルの方をジトっと見ると視線を避けるように、反対側の肩の方に移動する。
「あなたは私の元旦那と同じ匂いがするわ。行き過ぎた愛は毒と一緒よ」
ルイスが一歩、私の方へにじり寄る。もうその様子には今までの面影はない。何かに突き動かされてる人形のようだ。
「近づかないで」
ピシャリと言い放つ。
「私、あなたに世界樹の葉を食べさせたでしょ。世界樹の薬効ってね、シル次第なのよ。場合によっては毒性を持たせることもできるの。
つまり摂取した以上、シルの気まぐれで命を握られたってことよ。あなたもやったんだからお互い様よね」
「な、なんで……そんな……!」
「別に私に近づいたり、危害を加えようとしなければ、シルも何もしないと思うわよ。毒にも病にも強くなるし、怪我の治りも早くなるだけ。普通に良いこと尽くめね」
シルが小さく笑って言う。
「ボクはカティの次にキミが好きだけどね。カティが嫌いって言うから、残念だけどカティのことは諦めてね~」
私はまっすぐ見て告げた。
「わかったかしら? 二度と私に近づかないで」
「——さようなら」
* * *
隣国行きの船の上。
私は船のへりに肘をつき、頬杖をついたまま、ゆっくりと息を吐く。
「ねぇ~、カティ、聞いてる?」
さっきからシルがうるさい。少しぐらい船旅を満喫させてくれても良いじゃ無いか。
「ボク、あの子好きだったのになぁ。いい子だったのに~」
どこがよ、と思いながらシルの文句を無視している。シルの好き嫌いなんて私になんの関係もない。
「中々いないんだよ。ボクの葉っぱよりカティを好きでいてくれそうな子」
そりゃそうだろう。
世界樹の葉より、こんな毒にも薬にもならない女を選ぶなんて、どうかしてるとしか思えない。
シルの基準の方がおかしすぎる。
「ボクはねー心配なんだよ。このままだとカティずっと一人でしょ」
一人が良くて一人でいるんだから、毛玉なんぞに心配される謂れはない。
私は植物と共にいきるのだ。
人間はもうこりごり。
「あなたが話し相手になってくれるんでしょ?なら別に良いじゃない」
「友達ボクだけって、悲しくない?」
ちょっと腹が立って、ピシッと軽く指で弾くと、シルが「ひどい!」と情けない声を上げて宙をくるくる回った。少しだけスッキリした。
「そんなことよりね、次の職場は大陸一の植物園よ。楽しみね。どんな木や花があるのかしら。貴重な薬草とか少しくらい分けてもらえたりしないかな。家でも育ててみたいわ」
「……」
シルがため息をつく。
植物のくせに。
「しばらくカティに恋人は無理そうかなぁ」
シルはシル。私は私。
シルがどう思おうと、何をしようと私には関係ない。
関係ないのだ。
クビになったけど、その後のことは私には関係ありませんので。〜気まぐれ世界樹と人間嫌いの錬金術師〜 @lemuria
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