第8話「運命の雷(カイル視点)」

 俺の人生は、常に戦いと共にあった。

 物心ついた時から剣を握り、魔物を斬り、敵国の兵士を屠ってきた。

 ヴァルトシュタイン辺境伯家は、代々王国の盾として、この魔の森に隣接する地を守り続けてきた。その務めは、俺の代になっても変わらない。

 俺はアルファとして、血筋の中でも特に強い力を持って生まれた。相棒の黒竜レギウスと共に戦場を駆ければ、敵う者などいない。人々は俺を「氷血の竜騎士」と呼び、畏怖する。

 それでよかった。

 情けや感傷は、この過酷な辺境では命取りになる。必要なのは、圧倒的な力と揺るがぬ意志だけだ。

 家族も、友人も、恋人も、俺には必要ない。

 そう思って生きてきた。

 あの日、あの森で、彼を見つけるまでは。

 その日、森で異常な魔力の乱れを感じた俺は、レギウスと共に偵察に出ていた。案の定、ゴブリンウルフの群れが、王都から来たであろう粗末な馬車を襲っていた。

 よくあることだ。この森で命を落とす者は後を絶たない。

 普段なら、見過ごしていた。弱者が淘汰されるのは、自然の摂理だ。

 だが、その時。

 ふわり、と風に乗って、信じられないほど甘美な香りが鼻腔をくすぐった。

 それは、熟した果実と夜に咲く花を混ぜ合わせたような、抗いがたいほどに蠱惑的な香り。

 オメガのフェロモンだ。

 それも、ただのオメガではない。

 俺の魂が、全身の細胞が、歓喜に打ち震えている。

『まさか…』

 長い間、ただの伝説だと思っていた。血の繋がりや家柄ではなく、魂そのもので惹かれ合う、唯一無二の存在。

 ――運命の番。

 俺は、我を忘れてレギウスを飛ばした。

 音の発生源に着くと、ゴブリンウルフの群れがいた。そして、その少し離れた木の根元に、小さな人影が倒れている。

 銀色の髪。月光を浴びて、淡く輝いている。

 あの甘い香りは、そこから漂ってきていた。

 邪魔な魔物を一瞬で掃討し、彼の元へ降り立つ。

 近づくにつれて、香りはより一層濃くなる。理性を焼き切りそうなほどの、甘い香り。

 膝をつき、彼の顔を覗き込む。

 泥と涙で汚れてはいたが、その顔立ちは驚くほど整っていた。閉じられた瞼の下には、どんな色の瞳が隠されているのだろうか。

 頬についた傷に指で触れる。その肌の滑らかさに、息を呑んだ。

『こいつが…俺の…』

 全身を、雷が貫いたような衝撃。

 これが、運命。

 何十年も、何百年も、ヴァルトシュタインの血が探し求めてきた、魂の片割れ。

 俺は、衝動のままに彼を抱き上げた。腕の中の体は驚くほど軽い。衰弱しきっているのが分かった。

 一刻も早く、安全な場所へ。俺の城へ。

 誰にも渡さない。誰にも触れさせない。

 こいつは、俺のものだ。

 城に連れ帰り、客間に寝かせた。体を清めさせ、新しい寝間着に着替えさせる。その間も、俺は彼の側を離れなかった。

 眠る彼の顔を見ているだけで、今まで感じたことのない独占欲と庇護欲が、腹の底から湧き上がってくる。

 このか細い存在を、俺が守らなければ。

 この世界にある、あらゆる脅威から。

 王都から追放された罪人だということは、すぐに調べがついた。

 アーリントン公爵家の末子、リアム。出来損ないのオメガと蔑まれ、虐げられてきたという。

 胸の奥が、焼け付くように痛んだ。

 なぜ、誰もこの宝の価値に気づかなかったのか。愚かな連中だ。

 だが、それでいい。

 彼らが手放してくれたおかげで、俺は彼と出会えたのだから。

 リアムが目を覚まし、俺の前に現れた。その怯えたように揺れる青い瞳を見た瞬間、俺は確信した。

 俺の人生は、このオメガを守るためにあるのだと。

 不器用な俺に、優しくすることなどできるだろうか。

 だが、やるしかない。

 この手で、世界で一番幸せにしてみせる。

 俺の、たった一人の運命の番なのだから。

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