第5話
「なんで俺と性行為がしたくないの?」
「えっ…。」
先ほどまで流れていた、静かな、しかし暖かった空気感が、一気に張り詰めたものに変わった。
黒根の目線は、真っ直ぐ白鳥を向いているが、白鳥は黒根と目が合っている感じがしなくて思わず面食らう。
彼の考えていることが、胸の内が、本当に底知れない。
"なぜ性行為をしないのか"なんて、この人が一番よく分かっているだろうに。
俺に気を使っているのだろうか?と、白鳥は思った。
「なんでそんな事を聞くの?」
白鳥がそう聞くと、黒根は少し苛立ったように「質問を質問で返すなよ。」と言った。
そしてもう一度問う。
「なんで俺と性行為ができないの?性行為が嫌なんじゃなくて、俺とするのが嫌なの?俺が嫌なの?俺とじゃなきゃ、いいの?」
あぁ、そういえば、"お前とセックスとか無理"と、あえて傷つくような言い方をしたな。
思い出して、白鳥は唸った。
確かに、あえて言うにしても、あのような言い方はしないほうが良かったかもしれない。
しかし、俺が"勃たない"や、"セックスができない"と言うにしても、最終的な意味は"お前とセックスはできない"ということに繋がるからいいかな、と思ったのだ。
…何も良くなかったな。
ごめんな。今からでも違う言い方で伝え直せばいいだろうか。信じてもらえるかな。
「言い方が悪かったね。ごめん。お前とセックスするのが無理ってよりかは、俺、セックスがしたくないんだよね。なんか、あんまいいイメージないじゃん?」
白鳥の言葉に、黒根は目を見開いて彼を見つめた。それは驚きというよりかは、打撃をうけた、というような顔だった。
「……えっと?大丈夫?……ごめん、もうこの話やめよう。」
「…………………。」
これ以上続けていたら、彼が嫌な思いをするから。やめよう。こんな話は、する必要がない。
白鳥は黒根の目を見つめてはっきりと言った。
その言葉には迷いがない気がする。
"セックスにいいイメージがない"
白鳥が言うと、本当にその通りだと思う。
そうだよね。白鳥はお坊ちゃんだから、そんなこと、汚いこと、嫌だよね。
薄々気がついていた白鳥との差に、黒根は心の中でため息をついた。
でも、"よかった"とも思う。白鳥の言うことが嘘でなければ、黒根が嫌なわけじゃないことが分かった。
それだけで、充分だ。彼に、見限られたわけではなかった。
思えば会話の途中で、自分の過去のことなんて、彼に話したことないんだから、白鳥が黒根のことを汚いだなんて、知るよしもないのだ。
単に白鳥が、綺麗で、純粋で、汚いことがまったく身の回りにないお坊ちゃんなだけだった。
そもそもそんな人に、"性行為はする?"なんて、聞いたのが間違いだったね。
するわけないのに。
キスするだけでも、珍しいんじゃない。
白鳥からもらうのは、優しさだけでいいじゃん。
それで心の穴が埋まるんなら、仮にそこに性行為がなかったとしても。いいじゃん。
…………ね、いいよね?
「白鳥……。」
「…なに?」
「俺の隣に座ってよ。」
「えっ…。」
白鳥が返事をする前に、黒根は彼の体を掴んで自分の方に引き寄せた。そしてそのまま強く抱きしめる。
「な、なに!?」
上擦った白鳥の声が耳元で響いて、黒根はふっと息を吐いた。
彼の肩に顔を埋めてグッと堪えた。
泣くな。泣くな。泣くな。泣くな。
俺が今付き合ってるのは白鳥。
俺が今一緒にいたいのは白鳥。
俺が今好きなのは白鳥。
そう、白鳥だから。
「白鳥。」
「あ、」
「好きだよ。俺。」
白鳥の肩がビクッと震えた。
彼の体に言葉を強く押し付ける。
「好きだよ。白鳥が。すき。」
ねじ込むみたいに。
彼の服を、シワができるほど強く掴んだ。
白鳥がそっと黒根の頭を撫でる。
「うん。」
白鳥は返事だけして、それ以上何も言わなかった。
白鳥の規則的な心音を感じながら、黒根はまた大きく息を吐いた。
…聞こえてたよ。さっきの。
"遊園地来るのはやめよう"って。
そうだね。もう、やめよう。………やめよう。
……なぁ、白鳥。俺、お前が俺の事を好いてくれる限り一緒にいるよ。
この気持ちが、白鳥とおんなじのじゃなかったとしても。
海に行くのはやめた。
白鳥が俺の顔色をうかがって、「帰ろっか」と言ったから。
メリーゴーランドのゴンドラから降りたら、そのまま駅まで歩いてそれぞれの帰路についた。
電車の中で揺られながら、気がついた。
そういえば、さっきのゴンドラの中、自分から白鳥を抱きしめにいったのは、あれが初めてだった。
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