第29話【茜に染まる丘】
夕暮れの金色が、王都の空をゆっくりと染め上げていく。
王都の南端、高台に設けられた展望の丘――。
そこから見下ろせば、赤や橙に彩られた屋根が石畳の道に沿って幾重にも連なり、
遠くそびえる王城の尖塔が、茜空を背景にひときわ美しく浮かび上がっていた。
その絶景に、クレノは思わず息を呑んだ。
「わぁ……!」
胸元に手をあて、金の瞳を見開く。
頬に茜の光がやわらかく差し込み、まるで夢を見ているかのようだった。
「こんな素敵な景色を……ルミエ様……!」
その声に、隣で佇んでいたルミエールが微笑を浮かべた。
「ふふ……あぁ。クレノに見せたかったんだ」
その瞬間――。
――シュバババッ。
音にならない音。
風が切れるよりも早く、空気が張り詰めた。
ルミエールの片腕が、剣を抜く気配すら見せぬまま閃く。
気配を絶ち、背後から襲いかかってきた刺客たちが、
まるで落ち葉のように宙を舞い、
次々と地に叩きつけられていく。
軌道を描き、鈍い音を残して崩れ落ちた数――十。
全員、気絶か即死。
ルミエールは一歩も動じず、鞘を鳴らして静かに剣を戻した。
そして、あくまで自然に――何事もなかったかのようにクレノへと振り返る。
夕日を背に立つその姿は、まるで伝説に謳われる“蒼の騎士”そのものだった。
「な。綺麗だろう?」
「……あ、はいっ! 本当に……すごく綺麗です!」
クレノの瞳は、茜に染まる街だけでなく、
いま目の前で幾人もの刺客を瞬く間に退けた彼女の姿にも吸い寄せられていた。
「……僕も、ルミエ様のような……かっこいい人になりたいです……」
ぽつりとこぼれた言葉。
ルミエールの瞳が、驚いたように瞬いた。
「……私が? かっこいい、か?」
「ひゃ、ひゃい!! す、すみませんっ!! や、やっぱり“レディ”に“かっこいい”は失礼ですよねっ!!」
慌てて両手をぶんぶん振るクレノ。
真っ赤になった頬と、泳ぐ視線。
そのあたふたとした様子があまりに真剣で、
ルミエールは思わずくすりと笑った。
「いいんだよ、クレノ。謝らなくていいさ」
その声は、夕陽のようにやわらかく、あたたかかった。
「……まぁ、確かに。よそのレディに言ってはいけないだろうけどな。私は――嬉しかったよ」
(普段は“歩く兵器”だの、“女装が似合わないゴリラ”だの言われてるからな……)
内心で軽く毒を吐きながらも、
その一言が、胸の奥をじんわりと温めていた。
ふと隣を見れば、クレノが再び街を見つめている。
夕陽に照らされた頬、柔らかな髪が風に揺れ、
その瞳には、まるで宝石のような光が宿っていた。
「……クレノ」
ルミエールは、少し間を置いて声をかけた。
「私が休暇をもらえた日は、必ず出かけよう。……君にもっと、たくさんの景色を見せてあげたい」
クレノはぱっと顔を上げ、はにかんだように笑う。
「……はいっ! ぜひ!」
その笑顔に、胸の奥がぽっと温かくなる。
頬を撫でた風がやさしくて、
心の奥で何かが小さく弾けたように感じた。
(……なんだろう、これ)
確かに景色は美しかった。
赤く染まる王都の屋根も、空を渡る雲も、黄金にきらめく陽の光も――どれも完璧に整った絵画のようだ。
でも。
(でも、ルミエ様の方が――ずっと、綺麗だと思った)
真っすぐに見つめてくれたあの瞳も、
優しく響く声も、
凛とした背中も。
全部が、初めて出会ったときよりも何倍も強く、眩しく感じられる。
(……僕、今……)
胸の奥で、小さな灯が揺れた。
言葉にならない熱が、静かに広がっていく。
(……もしかして……これが、“恋”っていうものなのかな)
胸の奥で、あたたかな波がゆっくりと広がっていく。
息をするたびに、世界の色が少しずつ変わる気がした。
街の光も、風の音も、すべてがやさしく彼女の輪郭を照らしている。
(……だとしたら。こんなにも素敵なものだなんて、知らなかった)
ただ隣にいるだけで、胸がくすぐったくて、
この時間が永遠に続けばいいと、心のどこかで思っていた。
彼は、ルミエールに手を引かれ、高台をゆっくりと後にした。
あたたかな風が、二人の髪をそっと揺らす。
街の灯が一つ、また一つと灯り始めるころ――
クレノは、こっそりと、けれど確かに、隣を歩く彼女の横顔へと視線を向けた。
夕暮れの茜が、ふたりの影を寄り添わせるように伸ばしていた。
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