第4話 上昇志向


『《移動速度上昇》アーツを獲得しました』

『俊敏が10上昇しました』


 アカデミーのエントランスという空間から盗んでみた際、《移動速度上昇》アーツと俊敏値を盗むことができた。当然だが、屋敷の玄関と意味が同じでも盗めるものの種類は違うんだろう。歩いてみると、走るほどじゃないが微妙に速度が上昇していて面白い。


 ……ん、やたらと周りから視線を感じると思ったら、それはどうやら俺の従魔のウィルに向けられている様子。


「お、おい、あの子見ろよ」


「すげー可愛い!」


「あいつの彼女かな?」


「うらやま」


「いいなあ……」


「僕の彼女と取り換えてくれないかな……」


 この人気、主人としてはなんとも誇らしい限りだ。彼女は俺の従魔とはいえ、表向きは貴族の付き人として見られるだろうから連れまわしても問題ない。嫉妬はされるかもしれないが。


 周囲の粘っこい視線を振り払うように俺たちが急ぎ足で向かったのは、もちろんアカデミーの講堂だ。ここでしばらく待っていれば講師らによる講習が行われる予定なんだ。早めに着いたおかげか、生徒もまばらで席が空いていて助かる。ただ、目立ちすぎると摩擦が生じそうなので、見えやすいのとバランスを取って中段のほうに座った。


「ウィル、ここで問題ないか?」


「はい。ご主人様と一緒ならどこでも」


「そうかそうか……」


 嬉しいが照れ臭いな。そういえば、この講堂っていう空間も一応開かれた場所だから何か盗めないだろうか? そう思い立って俺は《窃盗》アーツを使ってみたが何も起きなかった。なんだ、ハズレか……お、真っ白な髪を伸ばした老翁の講師が専用の入り口から入場してきて、一部の生徒たちから拍手が起きた。確かあれは歴史の講師アドンだったはず。


「ご主人様、今なら何か引き抜けるかもしれません」


「……え、さっきやってもダメだったのに?」


「同じ空間でも、条件が変われば引き抜ける可能性があります」


「なるほど……」


 ウィルは光の精霊なだけに機敏に富んでるし、そういった空気は敏感に感じ取れるのかもな。よし、彼女を信じてもう一度盗んでみよう。


『知力が10上昇しました』

『歴史の単位を獲得し、10/10となりました』


「えぇ……単位まで盗めちゃうのか……」


「ご主人様、上手くいったようでよかったです」


 俺は言った傍から口を噤んだ。ウィルは微笑んでるし俺たちの周りに誰もいなくてよかったが、思わず口に出してしまうくらい衝撃的だったんだ。


 ってことは、もう歴史の講習を受けなくてもいいってことだよな? もちろん、講師が入ってきたからこそ盗めたのだろうが、俺にはそれだけが条件とは思えなかった。もしかしたら、ステータスの知力値や《クローキング》のような相手の目を暗ませる既得アーツも単位を盗む条件として機能していた可能性さえある。


 同じ空間でも、こうして条件次第でまた新たなものが盗めるようになるかもしれないと思うと、空間から盗むというのがいかに万能で奥が深いかを思い知らされる。


 講習は1日一回のみだし、単位を盗めたならもうここに用はないな。そういうわけで、俺たちは《リラックス》アーツを使って少し休憩したのち、別の場所へと移動することにした。それはどこかっていったら、俺は魔力の数値が31で中級(30~39)レベルなのでもちろん魔術教室だ。それだけ魔術に関するものを盗める可能性があるからだった。


 魔術教室はアカデミーの学生なら誰でも通えるとはいえ、生徒のレベルで区分けされており、俺はレベル1なので当然一般級の教室へと向かった。


 そこまでウィルのテレポートで行こうと思えば行けるが、校舎内だけに偶然誰かに目撃される可能性が高いと考えるとやめておいたほうが無難だ。《移動速度上昇》のアーツもあるしな。


 通路の奥へと行くと、魔法陣が床に描かれた円状の空間がある。魔法で動く昇降機エレベーターというやつで、これで学生はアカデミーの地下1階、地上1~3階、さらには屋上まで行けるようになっている。4階は職員専用で、5階は学長室専用だ。


 魔術教室は一般級から上級まで存在し、校舎の3階に位置している。ちなみに、一般級といっても魔法系スキルを持っているのが前提とされている。もちろんそれがなくても通うことはできるが、実際に魔法系アーツを習得できるのはほんの一握りといわれているんだ。なので【盗賊】スキル持ちの俺が行けば、余程の無知か酔狂か暇潰しくらいに思われるだろう。


 そうだ。昇降機の中でも何か盗めるかもしれないと思い、《窃盗》を使ってみる。


『《重力減少》アーツを習得しました』


 お、興味深い新アーツも覚えたので即座に《鑑定》を使って調べる。


『落下や物理攻撃を受けた際、ダメージを減らすことができる。また、自身が攻撃時は命中するまで身軽になり、命中率や跳躍力も上昇する』


 なるほど、こっちの攻撃が命中するまで重力減少の恩恵を受けられるというのがポイントで、命中時は重力が元に戻るので攻撃力が下がることもないってわけだ。こりゃメリットばかりだな。物理系のアーツを覚えるためのきっかけにもなりそうだ。


 この昇降機という空間もまた、何か別の条件が揃えばもっと面白いアーツを覚えるなんてこともありそうだ。


 まもなく3階へと到着し、俺たちは目当ての場所へと向かう。


「……あそこが一般級の魔法教室みたいだな。行こう、ウィル」


「はい、ご主人様」


 一般級というだけあり、ここは他の教室と比べても学生の数がとても多いと感じる。まあ魔法に興味のある生徒もかなりいるだろうしな。中へ入ると、みんな俺のほうを興味深そうに見てきた。なんでかと思ったが、そうだった、ウィルが傍にいるんだった。そのせいか、棘のある視線も多いような感じがする。


 俺はこの空間から何かを盗みに来ただけだが、授業を受けに来たという体裁が必要なのは間違いない。それにしても教官の男、俺のことが余程気に食わないのか横目で睨むように見て咳払いしてくる。


「……あの、魔術の授業を盗みに……いや、受けに来たんですが」


「ふむ? では、その前に学生証を見せてもらおうかね」


「はい、これです」


 俺は教官に学生証を渡した。これには俺の性別、名前、年齢のほかに、現在のレベルやスキル、基本アーツのみが記載されているので問題ない。ちなみに、レベルだけはリアルタイムで自動的に更新される仕組みなんだ。ん、俺の学生証を見た途端、講師が露骨に不快そうな顔を浮かべた。


「……ケインとかいったか、君はふざけとるのか?【盗賊】スキルを持っている君がここで学ぶことなどないだろう」


「「「「「ププッ……」」」」」


 待ってましたといわんばかり、教室が嘲笑で満たされる。


「それで、そっちにいる子は何かね?」


「あ、この子は俺の従魔……いや、従者です」


「フンッ、従者か。大方、付き人に格好良いところを見せようという魂胆なんだろうが、残念だったな。大いに恥をかくだけだろうて」


「……」


 なんとも感じの悪い男だ。彼が教官のせいで教室全体が悪意に満ちているようにすら感じるな。さて、気にせずにこの空間から《窃盗》を使ってみるとしよう。


『魔力が10上昇しました』

『《火球》のアーツを習得しました』

『《聖光》のアーツを習得しました』

『《魔力制御》のアーツを習得しました』

『《詠唱短縮》のアーツを習得しました』


 おお、これだけのものを覚えた。魔力は10上がってこれで41だから、もう中級+(40~49)レベルになったっぽいな。《火球》と《聖光》のアーツに関しては、メラメラと燃えるくらいむかついたのと、光の精霊のウィルと一緒なのが影響したようだ。


 それぞれ《鑑定》で調べると、《火球》は手元に火球を浮かべることができ、相手に投げつけることができるというもの。《聖光》は、周囲を明るく照らすというのと、闇属性のモンスターを遠ざける効果があるのだとか。《魔力制御》は魔力節約、力量隠蔽のために魔法の度合いをコントロールできるというもので、気力の消耗を抑えることも可能。《詠唱短縮》についてはそのまんまの効果だ。


「今日は見学だけなので、この辺で失礼します。どうもありがとうございました」


「なるほど、見学だけか。まあ、【盗賊】スキル持ちなんかが魔法を使える可能性はゼロだからな。とっとと帰れ! シッシッ!」


「……」


 まるで野良犬でも追い払うような言い方に腹が立つ。


「どうした? ん、文句でもあるのかね? だったら何か魔法らしきものを使ってみたまえ。才能がほんの少しでもあるなら、一瞬でも火花が出るかもしれんぞ。ほらほら、早く。できるものならな!」


 使えるわけないと思ってすげー挑発してるな、こいつ。校舎内では武器の持ち込みはもちろん、攻撃系の魔法の使用も結界によって制限されているが、魔術教室のような場所では特別に許可されている。


「……わかりました、やってみます」


「「「「「なっ……!?」」」」」


 俺は《詠唱短縮》効果で、素早く手元に小さな《火球》を出してみせた。教官が飛び出るほど目玉を大きくしてるし、笑っていたやつらも信じられないといった表情で青ざめてる。もちろん、《魔力制御》によって火の玉はなるべく最小化してある。じゃないと、俺の今の魔力だとさらに驚愕させることになってしまうし、それは本来の力を隠しておきたいという自分の意志と反する。


「まぐれで使えたようです。それじゃ、行こうか、ウィル」


「ご主人様、少々お待ちください。一つ、ここにいる者たちに忠告しておきたいのです。あなた方は、少しでも上昇志向があるのであれば、先入観によってケイン様を侮ったことを恥じるべきです。それでは、失礼いたします」


「「「「「……」」」」」


 ウィルのまっすぐな言葉で、教官や学生たちが気まずそうに黙り込むのが最高に気持ちよかった。

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