第3話 品位の差
それから、俺は家族の連中が寝静まったときを見計らい、屋敷内の空間から様々なものを盗み取っていった。
シャワー・トイレルームからは汚れを一瞬で洗い落とせる《洗浄》アーツと運勢値10、寝室からは《不眠》《熟睡》という睡眠を制御できるアーツを獲得した。
書斎からは知力値20、リビングルームからは《リラックス》という気力を回復してくれるアーツ、ダイニングルームからは器用値10と素材をイメージした食べ物に変換してくれる《料理》アーツ、玄関からは靴置き場があるためか俊敏値10、庭は除草や剪定など手入れする労力もあるのか腕力値10、体力値10、器用値10を手に入れることができた。
ただ、父親ラルフ、長男グルビン、長女レイチェルの部屋からは盗むことができなかった。これらの空間から盗むには、おそらく俺のレベルがまだ足りてないということなんだろう。スキルに対してレベルの影響はかなり強いと聞いたことがあるしな。ステータスはそこそこ上がったが、まだレベル1だから仕方ない。
「ふう……」
それなら例の鬼畜メイド――ドルシェの部屋からは盗めるか試そうかと思ったが、《窃盗》気力を使いすぎて眩暈がしたので今日のところはやめておいた。
ちなみになんで彼女の名前がわかったのかというと、何度か思い出そうとしていたら浮かんできたからだ。そこまでしないとメイドの名前を思い出せなかったってことは、原作のケインにとってはかなりトラウマのある相手だったんだろう。
俺は押し入れに戻って《リラックス》アーツを使う。これが地味に便利なもんだから大分楽になった。
俺の従魔で光の精霊のウィルは既に寝息を立てている。彼女は本当に美しいので触ると壊れてしまいそうだ……っと、あんまりジロジロ見てたら邪気を感じて目を覚ますかもしれない。なので俺は今までの成果を知るためにもステータスを確認することにした。
名前:ケイン・シルベウス
性別:男
年齢:15
スキル:【盗賊】
基本アーツ:《窃盗》《鑑定》《索敵》《解錠》
特殊アーツ:《神の加護》《アイテムボックス》《クローキング》《洗浄》《不眠》《熟睡》《リラックス》《料理》
レベル:1 一般級(1~9)
腕力:11(+10)初級(10~19)
体力:11(+10)〃
俊敏:11(+10)〃
器用:21(+20)初級+(20~29)
魔力:31(+30)中級(30~39)
知力:21(+20)初級+(20~29)
運勢:21(+20)〃
前回確認したときと比べるとかなり上がっているのがわかる。器用値から下は勇者アルトの初期ステータスにも見劣りしない。特殊アーツも加味したら既に上回っている可能性もあるが、相手は主人公補正もあるのでなるべく目をつけられないように注意したほうがいいだろう。
仮に俺のステータスを誰かに調べられたとしても、《クローキング》アーツもあるので、相手にはレベル1、オールステータス1、特殊アーツ無しの状態から何も変わってないように見えるはずだ。
とにかく今は色んな空間から盗んだり、冒険者アカデミーに通ったりで着実に力をつけていくのみだ。さあ、《熟睡》アーツで俺もひと眠りするとしよう。
翌朝、《不眠》を使うことでスッキリと目覚めた俺は、ウィルとともに押し入れで朝ご飯を食べることにした。といっても、メイドのドルシェが持ってきたものではない。どうやらケインへの朝飯は提供されてないらしく姿を見せなかったんだ。
そこで、台所から小麦粉や水、卵等の素材だけを頂戴して《料理》アーツでサンドイッチを作って食べてみた。うん、普通に現実世界で食べていたものとほとんど変わらない。足りない分は魔力で補われてそうだ。
「ウィルも食べてみるか?」
「ご主人様、わたくしのことはどうか構わず」
「一口だけでいいから」
「……そのように仰るのであれば……お、美味しいです……」
ウィルの驚くような顔を見て、こっちまで嬉しくなってくる。さあ、そろそろアカデミーに登校する支度をしよう。更衣室には俺の分の制服も用意されていたが、洗濯もされている様子もなく、それどころか皺だらけで踏まれたような痕跡もあった。だが、これも《洗浄》アーツを使えば一瞬で綺麗になるので問題ない。
ん、俺たちが屋敷の門を潜ったところ、その脇に一台の豪華な馬車が停めてあった。窓から気障っぽい笑みを浮かべた男女――兄グルビンと姉レイチェルが顔を出し、俺は思わず顔を背けたくなるが我慢。今のところ順調に空間から盗めているとはいえ、やつらに反抗的な態度を取るのはまだ早いからな。
「フッ……ウィル嬢、私の馬車で送っていこう。この汚物……いや、ケインと一緒に登校するようでは、君の品位が著しく穢れてしまう恐れがある……」
「ウィル、お兄様の好意を素直に受け取ってくださいまし。無能ケインの束縛から逃れられる最後のチャンスかもしれませんのよ? ホホッ……」
「折角のご厚意はありがたく存じますけど、丁重にお断りさせていただきます。それと、ご主人様に対してそのような無礼極まる物言いは慎んでください。そうでなければ、品位が穢れているのはあなた方のほうだと思われますよ?」
「「ぐ、ぐぬぬぅっ……!」」
「さ、ご主人様、参りましょう」
「あ、ああ、ウィル、行こうか」
グルビンとレイチェルが悔しそうな顔をする以上に、俺はウィルがこうして庇ってくれるのが本当に嬉しかった。
俺たちはその後、普通に徒歩で登校すると見せかけ、誰にも見られないように茂みの中へと入ると、そこでウィルのテレポートによって冒険者アカデミーの門まで一瞬で移動した。しかもここはちょうど柱で隠れている位置なので、誰かに見られたとしてもごまかすことができる。
「さすがウィル、光の精霊なだけあってテレポートの精度が高い」
「ご主人様、ありがたきお言葉です」
木漏れ日のようなウィルの優しい微笑みを見ると朝からやる気が出る。馬車なんか使わなくても問題ない。テレポートがあるわけだしな。仮にそれがなかったとしても、ウィルが傍にいることで前向きな気持ちになれそうだ。さすが光の精霊。
そうだ。アカデミーの校門からエントランスにかけて、今は前庭という空間にいるわけだが、そこから盗んでみよう。
『《声色》アーツを習得しました』
へえ、《声色》か。おそらく、ここには登校中の生徒たちの賑やかな声で溢れてるためか。効果を《鑑定》で調べてみると、思った通り声を自在に変えることのできる能力だった。今のところこれを使う場面はあまり想像できないが、持っておいて損はないだろう。
「……ん、なんだ?」
アカデミーの校舎へと歩いていく際、その中間地点に人だかりができているのがわかった。
「ご主人様、あそこで何か起きているようですね」
「ああ、行ってみよう!」
ウィルと一緒に向かってみると、人だかりの中心でひざまずいている人物と、その前で腕組みをしている人物がいた。
「おい、覚悟はできてるんだろうな?」
「お、お助けください、悪気はなかったんですうぅう……」
「黙れ。僕を誰だと思っているんだああああ!」
「ぎゃああああ!」
あ、あれは……勇者アルトだ。アカデミーの制服を着た男子学生を地面にひざまずかせ、容赦なく蹴りを入れまくっていた。
「「「「「……」」」」」
無抵抗な人間に対して一方的な暴力を振るうアルトを前にして、止めようとする者は誰一人いなかった。加害者があの勇者アルトだから仕方ない面はあるとはいえ、このままじゃ被害者が殺されてしまう。
「あ、教授っ! 事件です!」
俺はその場に屈みこんで、教授がさも近くにいるかのような声を上げた。もちろん真っ赤な嘘だし、アルトにマークされないように《声色》アーツによって声色は変えている。いくら勇者が相手でもこっちには《クローキング》もあるし、群衆の中なので自分が誰なのかもわからないだろう。
「チッ……次からは気をつけろ!」
「……はっ、はひいぃっ……」
さすがの勇者も教授という言葉に恐れをなしたのか、血相を変えてその場から走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
ウィルがヒーリングで治療すると、ボコボコに腫れあがっていた被害者の顔が見る見る治っていった。さすが光の精霊。
「……は、はい。ありがとうございます。本当に助かりました……」
「一体何があったんだ?」
「それが……あのアルトっていう人の前を横切っただけで、こんな目に。うぅ……」
「な、なんだって。目の前を横切っただけでか。沸点が低すぎるし俄かには信じがたいな……」
「ご主人様。この方は嘘偽りを申していません」
「……そうか。光の精霊……いや、ウィルがそう言うなら間違いないな」
だとすると、勇者アルトは相当に機嫌が悪かったんだろうか? ただ、そうだとしても目の前を横切っただけでボコボコにするのはやりすぎだ。原作では決して描かれなかった、勇者の悪魔のような一面を前に戦慄する。今後、俺の家族ら同様かそれ以上に神経を使わなきゃいけない相手なのは間違いなさそうだ。
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