第17話:最初の解体と、呪いの骨片

光一は水で一時的に意識が清明になったものの、極度の疲労と恐怖で身動きが取れない状態だった。美樹と茜は彼をリビングの床に横たわらせ、秋乃に看病を頼んだ。


「秋乃おばさん、今がチャンスです。光一さんの理性が呪いから離れている隙に、呪物を取り除く。これは、この家と、土屋悟の呪いとの物理的な戦いです」


秋乃はまだ震えていたが、夫が喉を絞められて苦しむ姿を見たことで、戦う意志を取り戻していた。


「わかったわ、美樹ちゃん。私、光一さんのそばにいる。家と、あの職人の悪意から、光一さんを守る」


「ありがとう」美樹は頷き、バッグから小さな工具と、白い布に包まれた鑿(のみ)を取り出した。「茜、行くわよ。ターゲットは、あの『歯』が埋まっている書斎の壁」


二人は静かに二階の書斎へと向かった。書斎に入ると、空気が再び重くなるのを感じた。


美樹は躊躇なく、茜が昨日見つけた、音が鈍く反響する壁の継ぎ目の部分に印をつけた。


「土屋は『完璧』に偽装している。彼にとって、痕跡を残さないことが最高の美学だった」


美樹は静かに鑿を当て、壁に小さなハンマーを振り下ろした。


「コン…」


乾いた音と共に、完璧な白い壁に、最初の傷が刻まれた。


「ごめんね、お父さん…」茜は心の中で謝った。この傷は、光一が固執した「完璧な家」の終焉を意味していた。


美樹は集中し、周囲の壁紙を剥がし、中の石膏ボードを割っていく。石膏ボードの下には、通常の断熱材ではなく、妙に赤い粘土状のセメントが塗り込められていた。


「これよ。呪物を隠すための特殊なセメントだわ」


美樹はさらに鑿を打ち込む。セメントが砕け散る中、硬いものにぶつかる音が響いた。


美樹は砕けたセメントの中から、汚れたピンセットで何かを摘まみ出した。


それは、セメントと混じり合って赤黒く染まった、人間の臼歯の破片だった。その歯は、骨の一部に無理やり埋め込まれた状態で、セメントに固められていた。


「これだわ。土屋悟の技術ノートに記されていた、会話を破壊し、家族を分断するための呪物」


美樹がその骨片をピンセットで挟んだ瞬間、書斎の蛍光灯が激しく点滅した。


「キャッ!」茜は思わず後ずさった。


美樹は動じない。「家が怒ってる。呪いの器官を奪われたことに、家が物理的に抵抗しているんだわ!」


美樹は骨片をすぐにチャック付きの袋に入れ、バッグに押し込んだ。


その瞬間、階下のリビングから、光一の悲痛な叫び声が響き渡った。


「やめろ!やめろ!私の、言葉を…」


光一は再び苦しみ始めていた。彼は喉ではなく、自分の口と舌を強く押さえていた。


「呪いが、奪われた呪物を補おうと、光一さんの『会話』の能力を完全に奪おうとしている!」美樹は即座に判断した。


「お母さん!」茜は階段に向かって叫んだ。


「大丈夫よ!光一さん、しっかりして!」秋乃の焦った声が微かに聞こえる。秋乃が必死に光一を抱きしめているのだろう。


美樹は工具をまとめ、立ち上がった。


「急ぐわ、茜。一つ呪物を取り除くと、呪いはさらに力を増す。次のターゲットは、外壁の呪物(爪と髪)。あれは、あなたの感覚、そして秋乃おばさんの精神を蝕む原因よ。これを取り除けば、秋乃おばさんが呪いを跳ね返す力が戻るかもしれない」


美樹と茜は、呪いの反撃により緊迫感を増した家の中を、次の戦場へと向かうために駆け出した。

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