第16話:呪いの反撃と、三人の再会
「お父さん!」
茜は叫びながら光一の元へ駆け寄り、彼の背中に手を当てた。光一は椅子に座ったまま、両手で自分の喉を強く押さえつけ、顔は苦痛で真っ赤になっていた。その目には、土屋の狂気ではなく、純粋な死への恐怖が浮かんでいた。
「ぐ…っ、は…っ」
光一は声にならない音を漏らし、呼吸ができない状態だった。
「光一さん!」
ソファで怯えていた秋乃が、初めて恐怖を乗り越えて立ち上がった。彼女は憔悴しきっていたが、夫の危機に本能的な行動力を取り戻した。
「あかね!背中を叩いて!何か詰まってるかもしれない!」
秋乃はパニックになりながらも、光一の喉を絞めている彼の両手を取り除こうとした。だが、光一の手は異常なほどの力で硬直し、まるで見えないロープで縛られているかのようだ。
「取れない!お母さん、手が硬い!」
「じゃあ、叩いて!早く!」
茜は言われるままに、光一の背中を強く叩いた。しかし、光一の苦悶の表情は変わらない。彼の身体は、物理的な力ではなく、精神的な支配によって絞めつけられているのだ。
その時、秋乃が目を見開いた。彼女の視線は、光一の背後、大黒柱の根元に注がれている。
「柱!あかね、見て!」
秋乃が指差す大黒柱の根元の隙間から、昨日美樹がワイヤーを差し込んだ部分から、黒い、湿った泥のような液体が、ゆっくりと滲み出ていた。それは、土屋悟の「血」の呪物が、光一の苦痛と呼吸に乗じて、活発化している証拠だった。
「やめて!やめて!」
茜は柱に泥を塗りつけられたかのように、その場に釘付けになった。母の苦痛、父の絶叫、そして柱から滲み出る「呪いの血」が、リビング全体を重苦しい悪意で満たした。
その絶望的なパニックの中、玄関のドアが勢いよく開いた。
「茜!秋乃おばさん!」
美樹だった。
美樹は部屋の異常な空気に一瞬で気づき、リビングへと飛び込んできた。光一の様子と、大黒柱から滲み出る黒い泥を見て、美樹は即座に状況を理解した。
「茜、大丈夫よ!呪いの反撃だわ!秋乃おばさん、光一さんの頭を冷やして!」
美樹は持っていたペットボトルの水を、光一の顔と首筋にかけた。物理的な冷却で、彼の過剰な興奮状態を鎮めようとしたのだ。
冷たい水に触れた瞬間、光一の身体の硬直が、微かに緩んだ。
「ハッ…ハッ…」
光一は苦しいながらも、なんとか息を吸い込み始めた。彼の瞳から、狂気の光が消え、再び極度の疲労と混乱の色が戻ってきた。
「…美樹…?」
光一は、目の前の状況が理解できない様子で、ぼんやりと美樹を見た。彼が呪いの支配から一時的に解放されたのだと、美樹は確信した。
美樹は冷静に、そして力強く言った。
「光一さん。私はこの家の呪いを解く方法を見つけてきた。もう、あなたは一人で戦わなくていい。私たち、家族で力を合わせる時です」
彼女の力強い言葉に、光一はただ、うなだれることしかできなかった。
美樹は茜を見た。茜はまだ恐怖で震えている。
「茜、よく聞いて。あなたが外壁の呪物に触れたことで、呪いはあなたが最大の脅威だと認識した。もう、この家はあなたを外に出さない。そして、呪いは光一さんを完全に掌握しようと動くわ」
美樹はバッグから工具を取り出した。
「計画変更よ。もう待てない。今夜、光一さんが意識を失っているうちに、呪物の核を、全て、物理的に取り除く」
ターゲットは、書斎の壁(歯)、換気口の外壁(爪と髪)、そして大黒柱の心臓(血)。
最後の、家族総出の戦いの幕が、静かに開けられようとしていた。
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