第50話






「だからぁ、そーゆーのは恥ずかしいんだって――んぐ」

「いいから、食え」


 嫌がる俺の口に、容赦なく突っ込まれる熱い突起物。たっぷりと白濁を溜め込んだソレは、口腔を容赦なく蹂躙し――


「ランカスタ嬢が精魂込めて祈りを捧げたミルク粥だ。祈りによって祝福を得た食べ物は、内部から治癒の作用をもたらしてくれる。だから残さず食え」

「いや、食うのは食うけどさ、こうやって餌付けされるみたいに食わされンのは嫌なんだよ! いいからボウルとスプーンをよこせ――むぐ」

「断る」


 そしてまた、俺の口腔を蹂躙する熱いスプーン。ひいい。これじゃ身体の火傷は治っても、舌の火傷は永遠に治らねぇよ!



 目覚めてから三日が過ぎた。その間も、聖女の皆さんによる治癒の祈りは続けられ、おかげで体力もずいぶんと回復した。肌もすっかり綺麗になっている。

 それでも彼女らに言わせると、まだまだ回復の途上なのだという。とりわけ内臓に負ったダメージは、回復に相当の時間を要するそうだ。

 そこで、このミルク粥だ。

 粥といっても入っているのは米ではなくパンで、しかも、聖女が祈りを込めながら作るそれは、前世で言う内服薬のような効果を発揮する。そうでなくとも、パンの香ばしさとミルクの甘みが絡んだそれはなかなかの美味で、何なら怪我に関係なく毎日の食卓に並べたい味である。

 ただ……このままウェリナに無理やり食わされ続けたら、せっかくの美味しい料理に妙なトラウマが生まれそうだ。

 ようやく食事が終わると、ウェリナはメイドに紅茶を運ばせる。ただし俺のぶんは、紅茶とは名ばかりの薬草を煎じた苦い汁だ。


「……それで、昨晩の話の続きなんだが」

「ああ、俺の元いた世界の話か」


 するとウェリナは、真剣な面持ちでこくりと頷く。

 俺を異世界人と認めたウェリナは、それからというもの、やたら元の世界の話を聞きたがった。

 もともと、未知の情報に貪欲な男である。教会の例の地下書庫にも、捜査とは関係なしに探りを入れたほどだ。ただウェリナに言わせると、俺の話は別格なのだそうだ。

 異世界人は、未知の英知を携えて現れる。

 それは、この世界で古くから伝えられる格言のひとつで、中にはメディナのような外れスキルをもたらすアホもいるにはいるにせよ、大概の異世界人は、人々にとって有益な知恵や技術を授けてくれるという。

 俺の話にも、国を豊かにするヒントが含まれているとウェリナは言った。そういうことなら、と、俺も体力が許すかぎり話して聞かせている。

 ふふふ、前世の知識で異世界人に感謝される。これぞ転生チートの醍醐味ってやつよなぁ。……なんてな。それは俺個人の成果ではなく、俺がいた世界の歴史で膨大なトライアンドエラーを繰り返した、名もなき先人たちの血と汗の結晶なのだ。俺自身はせいぜい、巨人の肩でタップダンスを踊る小人にすぎない。


「病院、だったか。君の元いた世界では、教会とは別に、傷病人の治療を専門に請け負う施設が存在した、と」

「ああ」


 実はこの世界には、病院、すなわち傷病者を治癒することに特化した施設が存在しない。そうした役目は、現状、精霊教会が担っているが、俺が見たところ、やはり手が回っていない印象がある。少なくとも、看護に特化したプロを置く必要はあるだろう。修道女アマチュアが片手間にケアを担うのではなく。


「この世界でも、そういう施設を作れないかな」

「それは俺も考えてみた。ただ……君のいた世界ではいざ知らず、この世界では、治癒の力はもっぱら精霊王によって授けられる。教会と切り分けるのは難しいだろうな」


 精霊王とは、その名のとおり精霊たちの親玉だ。精霊の力の源は霊力と呼ばれ、世界を満たし、そして終始流転している。精霊王は、その流れを司る存在でもある。

 マリーたち聖女が治癒に使うのは、この、本来は精霊しか使うことのできない霊力だ。

 彼女たちは、精霊王への篤い信仰の見返りに治癒の力を得る。要するに、この世界において治癒の力は信仰とワンセットというわけだ。だからこそ、前世のような治癒に特化した施設を作るのは難しい。


「じゃあさ、せめて今の教会を、もっとこう、傷病人の治癒に特化したスタイルに作り替えるのはどうよ。聖女と修道女に然るべき教育を施してさ、看護のプロに育て上げる、ってのは」

「悪くない案だが、一朝一夕にはいかないだろうな。聖女も修道女も、神学以外は基本的に無学な連中だ。彼女たちに教育を施すにせよ、新たに人材を集めて学ばせるにせよ、それ相応の資金が……あ、いや。金については、特に心配はいらなかったな」


 そしてウェリナは、ニヤリと意地悪く笑う。

 ウェリナによると、例のマグマ騒動は国王の耳にも伝わるところとなり、先の暗殺事件も踏まえた上で主犯のロッド=システィーナは公爵位を剥奪のうえ、四公専用の牢獄へ幽閉となった。そこは、精霊の加護が一切届かない呪われた孤島で、たとえ四公の当主であっても脱出は望めないだろう、とのことだった。

 また、イザベラの血縁上の両親であるジェラルド=モーフィアスとルチル=システィーナは、四公同士で交わる禁を犯し、なおかつイザベラがダブルであることを精霊教会に申告しなかった件で、やはり爵位を剥奪のうえ、こちらは各家のタウンハウスに蟄居となった。

 ちなみに、両家はすでに新たな当主を選出し、公爵位を継がせている。

 ただ、今回ばかりはこれで手打ちとはいかない。何せ王太子の命が危険に晒されたのだ。

 両家には、多額の賠償金が課せられた。とりわけ襲撃事件の主犯とされたシスティーナ家には、所有する鉱山の、なんと半分を王家に差し出すよう厳命が下された。ウェリナが、金の心配は要らないと言ったのもこのためである。


 両家への処分はすみやかに下された。一方で、今なお国王を悩ませているのがイザベラへの処遇だ。

 息子を命の危険に晒した人物だ。それも一度ならず二度までも。火傷については俺の自業自得とはいえ、彼女があの場で力を発現させなければ、負わずに済んだ怪我でもある。

 ただ、一度目の襲撃はロッドに命じられたものであり、俺に火傷を負わせた二度目の襲撃、というより暴走は、彼女の置かれた境遇が強いたと言えなくもない。

 にもかかわらず彼女は、事件のことを深く反省しているらしい。

 現在、イザベラはカサンドラ妃の監視下に置かれている。万が一、力が暴走した場合でも同じ炎の精霊の加護を受けるカサンドラなら対処できるだろう、というのが理由だ。

 ただ、噂によるとこの処遇は、実はカサンドラから提案されたものらしい。

 それが事実なら、きっと、カサンドラは放っておけなかったのだろう。自分の兄の不始末で、理不尽な境遇に置かれた姪を。たとえその子が、一時は自分に王太子殺しの罪をなすりつけようとしていたとしても、だ。うーん、いっそカサンドラを王座に据えた方がいいんじゃね?

 ただ、どちらにせよイザベラを待つのは過酷な運命だ。

 俺も国王には、どうか寛大な処遇をと手紙を送っている。ただ、今のところ国王からの返答は得られていない。立場としても、それに感情的にも、王太子を死の淵に追いやったイザベラを赦すのは難しいのだろう。何か、みそぎとなるきっかけでもあれば別なのだろうが……


「……禊?」


 ふと、俺の脳裏をよぎるアイデア。

 そうだ、あるじゃないか。この上なく悪趣味で、彼女にぴったりな禊が。

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