第51話
「イザベラ=システィーナ! 君との婚約は破棄させてもらうッッ!」
朗々たる王子の一喝に、会場中の視線が声の主へと集中する。
王子の快癒を祝うべく開かれた舞踏会。ドレスで華やぐ紳士淑女が笑いさざめくフロアの中央で、今まさに今夜の主役ことアルカディア王子が、深紅のドレスを纏った黒髪の令嬢を残酷にも足蹴にしている。
令嬢は足蹴にされたまま、ただじっと、王子の狼藉に耐えている。
令嬢の名はイザベラ=システィーナ。社交界においては知らぬ者はない、システィーナ家の一人娘だ。
彼女は幼い頃から、王太子アルカディアの婚約者として生きることを余儀なくされてきた。並の女の子ならまず音を上げるであろう厳しい妃教育。それでも彼女は耐えに耐え、誰にも恥じぬ立派な王妃となるべく研鑽を重ねた。勉学に語学、マナーにダンス。果ては武術に至るまで、妃として必要な素養を全て完璧に修めた。
そうして、未来の王妃として完璧に仕立てられた彼女に。
よりにもよってこの
「そもそも、お前のような女が、今更のこのこ俺の前に姿を晒すこと自体おこがましい! お前は、俺をどんな目に遭わせたのか憶えているのか!?」
その言葉に、居合わせた貴族たちの何人かが、ああ、あれかと渋い顔をする。王宮に布かれた箝口令をすり抜け、漏れ聞こえた恐るべき噂。なんでもイザベラは、王太子との面会時に恐れ多くも暗殺を謀ったと。今回の王子の怪我も、その暗殺によって負わされたものだと。
なおも王子は、イザベラへの罵倒を続ける。
「お前が持ち込んだあの可愛いキノコ! あれのせいで俺は大変な目に遭ったんだぞ! うっかり触ると皮膚がただれるわ、胞子のせいで肺をやられるわ! お前は知らずに持ち込んだと言っていたが、絶対に嘘だ! 本当は、キノコを使って俺の暗殺を企んでいたんだろう!?」
キノコ? 周囲の貴族たちがざわめきはじめる。噂と違うぞ。どういうことだ?
やがて群衆の片隅から、新たなささやきが広がりはじめる。あれは王子の言いがかりだ。実は王子は、すでに精霊教会の聖女とデキており、そちらを娶るつもりでいるのだとか。なので、無理やり因縁をつけてイザベラを追い出そうとしている。
まぁひどい。
一時はまともになったと聞いたけど、やっぱりあの第一王子はどうしようもないわね。
「とにかく、お前のせいで俺は本当にひどい目に遭ったんだ! お前みたいなグズでのろまなクールビューティーは、とっとと俺の前から立ち去りやがれ! お前なんか、どこか遠い国に行って溶岩で家を作ったりダムを作ったり、橋を架けたり港を作って現地の人たちに感謝されてりゃいいんだ!」
言い捨てると、王子は仕上げとばかりにカクテルグラスを床に叩きつけ、フロアを出ていく。一方、残されたイザベラはというと、のろのろと立ち上がり、俯いたまま、それでも優雅なカーテシーを見せる。
やがて、見るに堪えかねた貴公子のひとりが、イザベラに駆け寄り、手を差しのべる。
「大丈夫ですか、イザベラ嬢。あの……よろしければ、外の休憩所までお送りしましょうか」
青年の双眸には、気遣いとは別に恋慕の色があった。
彼は、以前からイザベラに想いを寄せていた。しかし、相手が王太子の婚約者ということで、その想いを胸に押し留めていたのだった。ところが、当の王太子は、よりにもよって衆人環視のなか婚約破棄を叩きつけ、イザベラを辱めた。許せないという義憤。そして……王子に婚約を解消させられた今ならあるいは、という期待が、本来は内気な青年の背中を押していた。
イザベラも、青年の想いには気づいていた。だが。
「ごめんなさい。でも、ひとりで大丈夫ですわ」
「えっ、で、でも」
「それに、私には、すでに想いを寄せる方がおりますの。その方とは、もう、決して結ばれることはないのだけど、でも……誰よりも勇敢で優しいあの方への想いがあれば、私はそれだけで、生きていけますのよ」
そしてイザベラは、最後に王子が立ち去った方角に目をやると、踵を返し、今度こそフロアを去っていった。
その後、国を出たイザベラは、精霊の力をもちいて各地で家を作りダムを作り橋を架け港を築き、多くのひとに感謝されたが、そのゆるふわ追放スローライフについては、いずれ誰かが、別の物語として紡ぐだろう。
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