嫌な知らせ
「あ、グゥー、チチチ、パパーヤ、こんにちは。今日はお稽古事、無いの?」
ティダの言葉に、グゥーと呼ばれた少年が胸を張る。
「抜け出してきたぜ!」
その隣で、チチチが頭を掻いた。
「グゥーがまた先生と喧嘩しちゃったんだよ!」
「うるせぇ、棒術なんかつまらないんだもん!」
「あ、またつまらないって言った! 先生に言いつけるよ!」
「言いつけれるものなら言ってみな! その代わり、パパーヤが買い食いしてたことも言っちゃうからな?」
グゥーの言葉に、チチチが一歩引き下がる。
「パパーヤを出すのは卑怯だろ!」
「へんだ!」
一方、自分が喧嘩の材料にされているにもかかわらず、パパーヤはウェルウチの実を頬張るばかり。
「お姉ちゃん、何してるのぉ?」
どうやら、パパーヤだけ能天気らしい。
「お姉ちゃんはね、今日はお買い物なの」
「お使い?」
「んーん、今日はヒカルのために、ヘアオイルを買いに来たのよ」
「ふーん、そっか。ウェルウチ食べる?」
パパーヤがそっと差し出した果実を断るティダを眺めていたグゥーが、ふと何かに気づいたように声を上げた。
「分かった! デートだ!」
即座にチチチが口を挟む。
「馬鹿! 分かってても言わないのがマナーでしょ!」
そんな二人に対し、顔を赤くしたティダは必死に首を横に振る。
「ち、ちが、違う! デートとかじゃないわ。私はただ、昨日から一緒に住むことになったヒカルに村の案内をしなきゃいけなくて」
「一緒に住む……、結婚したのか!」
「グゥーの馬鹿、だから分かっててもそう言うことは口にしないのがマナーなんだってば」
「ウェルウチ美味しいよぉ」
三人の子供たちから浴びせられる言葉のシャワーに、ティダは怒鳴り声を上げた。
「だから違うわよ! もういいわ、三人ともかかって来なさい。今日も蹴り技を教えてあげる。いいえ、今日は三人の体に直接教え込んであげる」
ティダが戦闘態勢に入るのを見て、グゥー、チチチ、パパーヤの三人も嬉しそうに片足を上げた。その構えは間違いなくティダやその母ティルルと同じだ。
「かかって来なさい」
彼女の言葉に、三人は飛び掛かった。
ヒカルはそんな子供たちと戯れる少女を眺めながら、和やかな表情を浮かべる。ティダは冷静ぶった行動をとる。でも、表情豊かな子だ。恥ずかしければすぐ顔に出るし、誤魔化すためなら何でもする。そんな性格が子供たちに親しまれているのだろう。彼女と蹴り技を交わす少年たちは、終始笑顔だった。
四人の戦闘を眺めているうちに、辺りはだんだん暗くなってきた。店によっては、店先に松明を掲げ始めている。もう店仕舞いを始めている所もあった。
「今日はここまでにしてあげるわ」
ティダの言葉に、三人の少年は深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「どうもです!」
「お礼にウェルウチあげるぅ」
彼女はそんな少年たちに手を振って、ヒカルの待つベンチまでやって来た。
「ごめんなさい、ちょっと張り切りすぎちゃったみたい」
「いや、見てて楽しかったよ。ティダはやっぱり強いね」
「えへへ、そう言ってくれると、嬉しい」
照れ笑いを浮かべる彼女に、ヒカルはドキッと胸が高鳴る。彼女はおろか、友達すらまともにいなかったヒカルにとって、今の表情はかなり来るものがある。
そんな二人に向かって、帰り支度を済ませた少年が声を張り上げた。
「お姉ちゃん、今日は満月だよ!」
「早く帰ろ!」
「ウェルウチ食べる?」
ティダは三人の少年たちに手を振って、ヒカルの方を向いた。
「そうだった、今日は満月の日なの。早く帰りましょう」
「満月って、何かあったっけ?」
「ほら、話したでしょう。満月の日は、ヌジーに生贄を捧げる日なの」
「あぁ……」
そういえばそうだった。昼間の村があまりにも平和だったから、すっかり錯覚していた。だが、この村には生贄という文化が根付いているのだ。
「まぁ、私はもう成人済みだから、生贄に選ばれる心配は無いんだけれどね」
ティダはそう言って、帰り道を先導する。彼女の後ろをついて歩きながら、ヒカルは妙な胸騒ぎを覚えた。なんだか、悪いことが起きるような、そんな予感。
ヒカルの予感は的中した。
家に到着すると、神妙な面持ちをしたワイダとウメが玄関先に立っていた。
「お父さん、どうしたの?」
その場にティルルは居ない。ウメは、表情を曇らせて俯いていた。
「おばぁ、何かあったの?」
「いいん、ヒカルはこっちおいで」
祖母に手招きされ、ヒカルはウメの隣に立つ。ワイダは、片手に槍を持ったまま、ティダをじっと見つめていた。
「落ち着いて聞いてくれ、ティダ」
ワイダの言葉に、ヒカルは胸騒ぎの正体を悟った。慌てて周囲を見渡す。ティルルはやはりどこにも居ない。
ティダもその異様さに気づいたのだろう。胸に手を当て、不安を表情に浮かべた。しかし、ワイダは彼女のそんな姿を、聞く準備が整った姿勢と勘違いしたらしい。深く呼吸してから、彼はハッキリと伝えた。
「今夜の生贄が決まった」
彼の言葉に、ヒカルは息を飲む。ティダも、父親から直接それを聞かされることが何を意味するのか理解したらしい。彼女は一歩前に出て、震える声で問いを投げかけた。
「その生贄って、我が家からなの?」
「そうだ」
「それって、絶対行かなきゃダメなの?」
「……そうだ」
ワイダは震えながら、小さく頷いた。
ティダは、そんな父の胸に拳をぶつける。そして、核心を突いた。
「お母さんはどこなの……?」
「……今は気絶して、部屋で寝ている」
よほどのショックだったんだろう。ヒカルは、次の生贄がティルルに決まったのだと確信した。しかし不思議だ。話によれば、ヌジーは未成年を求める魔物だったはず。その疑問はティダも思い至ったようで、次に彼女はこう尋ねた。
「どうして、ヌジーは成人している人を生贄に選んだの?」
彼女の問いに、ワイダはしばらく黙っていた。
「ねぇ、答えてよお父さん!」
ドンドン、彼女は父の胸板を強く叩く。その度に、ワイダは揺れた。彼もショックが大きいのだろう。立っているだけで精一杯といった雰囲気である。しかし、流石は父。深い深い溜息を吐いてから、震える声で、ティダに答えた。
「ヌジー様は、一度取り逃がした女を食べたいと、そう仰っていたらしい……」
「……へ?」
ティダの手から力が抜けた。
ヒカルもまた、目を見開いてワイダを見つめていた。
二人とも、勘違いしていたのだ。てっきり、次の生贄はティルルに決まったのだとばかり思い込んでいた。しかし違った。
ワイダはハッキリと、ティダに告げた。
「今夜生贄に選ばれたのは、お前だ。ティダ」
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異世界おばぁ伝説〜ファンタジー世界にて祖母はうちなーぐちで無双する〜 喜久里コドク @kikuzato_kodoku
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