第3話 あなたはどこにいるのやら


 チューブランドはこの地方では一番大きな街である。南岸には港が備えられており、忙しく船が行き交っていた。

 街は活気に満ちており、人間だけでなく亜人なども種族を問わずに歩いている。初めて訪れたときは、人の多さに目を回してしまったくらいだ。

 ラキの住んでいた田舎とは比ベ物にならないほど、多くの家屋が建ち並んでおり、山の手には高級住宅が構えられている。どれだけの人間が住んでいるのか想像もできない。

 魔王軍の侵攻が始まり、どれくらい経っただろう。その脅威は日に日に増しており、戦いは激しさを増すばかりだ。

 各地方が多くの被害に遭っているが、幸いにもこの街には戦火が届いていない。少なくてもここでは平和な空気が流れているのだ。

(何かあるのかな?)

 普段から賑やかだが、今日は特に人が多い気がした。建物にも派手な幟や旗がかけられているが、行事や祭りがあるという話は耳に入っていない。

 少し気になったが、店に到着すると疑問は消えてしまった。今は自分のことで精一杯である。


 扉を開けると、数々の剣や槍などが出迎えてくれる。飾られているのを見るだけで強くなれる気がするから不思議だった。

 店内を見渡してみるが、店員の姿が見えない。ただ留守にしているでもないようだ。奥から子供の声が聞こえてきたからだ。

「すいません。花山大吉さんは来てませんか?」

 カウンターで声をかけると、奥からカントが出てきた。どこか慌てた様子で、額には汗の粒が浮かんでいる。

「大吉君ですか? 彼ならバッカスさんの鍛冶屋に行きましたよ」

 がっくりと力が抜け、崩れ落ちそうになる。今度こそ会えると思っていたのだから当然だ。

「あ、ありがとうございます」

 落ち込んでいる場合ではない。バッカスの鍛冶屋は商店街から離れた場所にある。行き違いにならないよう急ぎ足で向かった。


 しかし鍛冶屋に到着して聞かされたのは、大吉が既に出て行ってしまったという事だ。疲労感に襲われながらも、急いで冒険者ギルドに向かう。

 彼の次の目的地はそこだからだ。



 体力をかなり消耗したが、何とか冒険者ギルドにやってくる。ラキにとっては馴染みの場所だ。初めて登録したときは緊張で倒れそうだった。

「どうでしたか? 花山さんには会えましたか?」

 受付嬢が優しく対応してくれる。ラキのような初心者にも、冒険者のイロハを丁寧に教えてくれた人だ。受付嬢の中でも気に入っていた。

「会えませんでした。ギルドにきたと言われたんですけど」

「こちらでは見ませんでしたよ。資材部の方に行ってるのかしら」

 他の受付嬢に確認を取るよう頼んでくれた。忙しいのにありがたいことである。

「それにしても今日はやけに人がいますね。何かあったんです?」

 冒険者ギルドはいつにも増して盛況だった。朝に訪れたときとは人数が違う。思えば街の中もいつも以上に賑やかだった。

「あのセラフィムナイツが帰還するみたいですから」

「ほ、本当ですか!」

 セラフィムナイツはギルドの中でも特に有名なパーティだ。冒険者として日が浅く、まだ一年も経っていない。素性もハッキリしておらず、それまでの経歴もわかっていない。

 だが、その強さは本物だった。

 魔王軍の拠点を次々と攻略し、難しいクエストもこなしてしまう。メンバーの年齢は自分とほとんど変わらないのに、どうやってあれだけの力を身につけたのか。沢山の謎に包まれた存在である。

 ただ一つ言えるのは、彼女たちは人々の希望となっていることだ。多くの冒険者が憧れており、ラキもまた憧れていた。


「また一つ拠点を攻略したみたいです。今月にはエステバンを倒すんじゃないかって話題で持ち切りですよ」

 魔王軍の幹部であり、この地域を攻めているのが『不死身のエステバン』と呼ばれる男だ。姿など見たことないが噂だけはラキも聞いている。不死身の名の通り傷一つ付けられないとか。

 そんな男が率いる軍団に敢然と立ち向かっている。聞いているだけで胸が熱くなってしまう。

 街やギルドが盛況な理由がわかった。噂の戦士たちを一目見ようと多くの人が詰めかけているのだ。


(でも私だって)

 もうすぐ自分も同じ舞台に立てる。全ては花山大吉に会うことから始まるのだ。

 奥から別の受付嬢がやってくる。話を聞いていた顔がわかりやすく曇った。

「どうやらもうギルドを出てしまったみたいです」

「そ、そんなぁ」

 足元から崩れ落ちる。またしても間に合わなかった。

「こ、今度はどこに行ったんですか?」

「先生のところへ、あっ、それじゃわかりませんね。住所を書きましょうか?」

「お願します!」

 こうしていても仕方ない。足腰に力を入れて一気に立ち上がる。

「花山さんは逃げるわけでもないし、焦らなくても大丈夫ですよ」

「ここまできたらとことん行きます。必ず会ってみせますよ!」

 昂ぶった心を抑えることができない。

 セラフィムナイツの話を聞けば、こうもなるだろう。世界を救うために戦う冒険者。彼女たちのように何かができるかもしれないのだ。

「でも本当にお店をやってたんですね。疲れたりしないのかな」

「食う分は稼ぐ。貧乏暇なしって言ってましたよ」

 花山大吉は冒険者でありながら商売もしている。それがどれだけ大変かは、素人の自分でも想像がついた。

 きっともの凄くやる気と行動力に満ちた人物なのだろう。ますます会うのが楽しみになってくる。


「ありがとうございます。また来ますね」

 住所の書かれたメモを受け取り、お礼を述べる。

「よし! 絶対私もパーティに入れてもらうんだ!」

 決意の叫びに受付嬢は顔をしかめ、慌てて口を開いた。

「えっ、あの、何言っているんですか。花山さんは」

 最後まで聞くことなくギルドを出る。今度こそ会うことができるのだ。

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