第6話 時流の反逆者
アビリィは三人の敵を相手に攻撃を防ぐことで精一杯だった。
バリアは軋み、彼女の動きにも疲労が滲む。
俺は守られるだけなのか?
そんなはずはない。俺にだってできることはあるはずだ。
「応援は呼べませんね。外部との接続が遮断されています。プログラムの結界が張られています」
窓からの空は歪んで見える。暗く見えるのはそのせいだ。
奴らは俺を狙っている。俺は現実世界に逃げようと、何度も指を鳴らすが、メニュー画面は出ない。完全に封じられている。
「くそっ……俺の権限で何かできないのか」
「落ち着いてください。外からの助けが来るまで持ちこたえればいいだけです。じっとしていてください」
その一瞬、アビリィが俺に気を取られていた瞬間だった。
銃声がした。
頭部を守った彼女の右腕が力なく垂れ下がっている。
四人目の狙撃手がいたようだ。店の外からじっくりその瞬間を待っていたのだ。
アビリィは即座に逃走姿勢に入り、俺もそれに合わせ、厨房から裏口へ走る。
弾痕からバグが侵食している。
アビリィは片腕でバリアを張り裏口を抑えている。
もう一方の腕は使えない。これでは三人を相手にできない。
「ツバサさん、大きな力を使うとき。それ相応の器と覚悟が必要になります。あなたにそれはありますか?」
考える暇はない。思うがまま答えよう。
「今までの俺にはなかった。でも、この瞬間から手に入れる。なければ創り出す」
アビティが微かに微笑んだように見えた。
「人差し指を額に当てて、強く念じるんです。この世界を変えると」
俺はその通りにした。
この世界の人間とアニミスは共依存の関係にある。本当の意味での共存を自分の手で模索してみせる。
ふと、あいつのことを思い出す。
前髪を人差し指でにぎり思考する姿。
エイイチの癖だった。
俺は調べたことがある。不安や緊張からストレスを解き放つ行動の一種だという。
そして今、俺は同じポーズをとっている。
黒いウィンドウが現れた。
デバッグモードのようだ。
使い方が分からないが試してみるしかない。
いくつか触ってみると黒いメニュー画面が展開された。
ログアウトは反応しない。だが、モデリングアプリが目に入った。
「バースの編集には制限があります。あなたの権限なら突破できるかもしれません」
警告画面が出るが無視して進めていく。
モデリングアプリが解禁された。
裏口から壁までスキャンし素材を金属に変える。
マンホールを発泡スチロールにして破壊し、中に潜る。
編集を一つ戻すと、マンホールは元に戻っていく。
真っ暗なトンネル。
アビリィはバリアを線香花火のように灯して視界を確保する。
湿度が高く、ムワッとしている。
三センチほど下水が流れており、悪臭が漂う。
まさかここまで作り込まれているとは。
「見つかったらまずいな」
「先に進んでみましょう地下なら結界から出られるかもしれません」
アビリィの白いワンピースは汚れまみれだった。
「結界、ありますね」
トンネルの先には歪みの壁が立ちはだかる。
「破壊できないか?」
「触ると危険です。位置情報がバレる可能性があります」
「あいつらの魔法や超能力はなんなんだ」
「他のバースの能力です。当然このバースで使うことは禁止、制限されています」
「権限を使えば、俺にも使えそうだな」
再び黒いウィンドウを開き、バースアビリティを見つけた。
バース名の羅列。今はチェインシティがセットされている。
「魔法のバース、ドラグーンランズ。超能力のバース、サイケデリックミラージュ、あたりがオススメです」
ドラグーンランズをセットした。
体がエネルギーで満ちるのを感じる。
属性も決められるらしい。水にしておこう。
満ちたエネルギーを意識して水を出そうとした。
全く出ない。
本気でエグいほどの力を込めたら蛇口ほどの水がでた。
「たったこれだけかよ……」
「敵は人間にしてはかなりの練度でした。正面戦闘は避けるべきです」
いや、使い方次第では武器になるはずだ。
「アビリィ、作戦がある」
バリアでトンネルを塞ぎ、敵の侵入を防ぐ。バリアの先からスポットライトのように光が入ってくる。俺はバリアをできる限り厚く編集した。
「敵が来ます」
炎を操る者が降りてくる。
「本当にこいつら、こんなところいやがったぞ」
同時に念動力者と雷使いも降りてくる。
「くっせえ、ドブネズミみてえだな」
「おいクロウお前も来いよ」
光の先から深みのある落ち着いた声だけが聞こえる。
「慎重にいくんだ、敵は何か罠を仕掛けている」
「居場所を当てたからっていい気になんな命令だけ聞いてろ」
炎使いが声を荒げると先陣を切って突入してくる。
その瞬間、針状のバリアが伸びる。アビリィの即席トラップだ。
しかし、三人はそれを完全に見切っていた。能力すら使わず、そしてゆっくりと迫ってくる。
「こいつがフクチってやつか。いかにも家畜に回りそうな面していやがる。律儀に何重にもバリア張ってな」
炎使いの嘲笑が響く。
その言葉に俺は覚悟を決めた。
「ぶち壊すぞ」
炎使いがバリアを破壊しようとした瞬間、大爆発が起こる。
獲物が掛かった。
そのまま下水トンネルは崩れ始める。俺達の所の天井は崩れず、水を金属に編集した支柱はちゃんと機能しているようだ。
「こんな無茶は二度としないでくださいね」
湿度の高い下水道。
空気中の水分をガソリンに変えバリア内部に仕込んでいた。匂いも悪臭に紛れ敵は罠に気づけなかった。
「でも……助かりました」
瓦礫をどけて地上へ。光が見える。
「まだ狙撃手が残っているはずです。気をつけて」
地上に出た途端に銃弾が飛んでくる。バリアで防ぎながら周囲を確認。銃弾の方向を見ても敵が見当たらない。
今度は背後から銃弾が飛んでくる。アビリィは銃弾を防ぎつつ言う。
「光学迷彩のようですね。アーバンバレットの能力です。動くとき若干のブレが生じます」
目を凝らすが全く見えない。アビリィには見えるのだろう。バリアを針状にしては放つ。土煙が舞い、敵の輪郭が見える。
白いフードの男。コードネーム、クロウ。
顔はバグに覆われている。
アサルトライフルを背中に背負い猛スピードで接近。ナイフでバリアを切り裂く。
動きは他の三人とは一線を画していた。
「フクチツバサのアニミス、最新型だと聞いたけれど」
「あなたは人間ではないですね。アニミスでもない。その両方ですか」
「新型はそんなことも分かるんだ。僕は半人半アニミス、来なよ、僕を倒してみろ」
半人半アニミス?奴はフラットアーサーでありながら自らの体をアニミスに捧げているのか。
アビリィは間合いを取り、構え直す。
クロウは念動力と光学迷彩を同時に使いこなしている。二つのバースの能力を融合させているのか。
俺はスキャンを試みるが、速すぎて追いつかない。アビリィが応戦するが、動きが読めない。
クロウはこめかみに手を当て通信を始める。
銃声。
アビリィの背後から放たれた一撃。
「アビリィ!危ない!」
俺は水で防ごうとするが、貫通。
腹に衝撃が走る。痛い。
仮想現実で助かったが、これじゃもう動けないな。
膝が崩れ、地面に倒れ込む。
「ツバサさん……!」
アビリィは駆け寄り、クロウは冷静にこちらを伺う。
「身を挺して守ったのか。さすが、あの人が選んだ人間のようだね」
すると空が自然な光を取り戻していく。結界が外から突破された。
十数名の武装者が転送され、クロウは囲まれる。
「タイムアップか」
クロウは地面を切り裂き、亜空間を発生させる。
「フクチツバサ、必ずあなたを助け出してやるからな」
そう言い残し、亜空間の中へ消えていった。
俺達の勝利だ。
これからはこういう奴らを相手にすることになるのか。より一層厳しい道を進むことになるだろう。
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