第5話 繋がりの街
高層ビル群が空に向かって伸びており、建物の外壁には常に動きのあるホログラムが映し出されている。
広告だけでなく、その映像の中でキャラクターたちが生きており、都市全体が巨大なキャンパスのようで物語そのものだ。
通りを行き交う人々は多種多様な人種で構成されている。
耳を澄ませば、遠くから流れる暖かな音楽、人々の笑い声、都市全体がひとつの交響曲のように響いている。
言葉の壁は存在しない。瞬時に翻訳される技術が、誰もが同じ言語を話しているように錯覚させる。
この街では、一人で行動している人はほとんどいない。住人達は皆整った体型とどこか幼さが残る顔立ちをしている。
服装はコスプレを私服っぽくアレンジしたようなスタイルが主流のようで、この街にも確かな文化が根付いている。
人々はまるで子供のような笑顔でこの街を生きている。
楽園とはこのような場所のことを言うのだろう。
だが、どこかむず痒い違和感が残る。そういえばアニミスもいるはずだが、人間との違いがまったくわからない。
「アニミスと人間の見分け方はないのか?」
「数年前までは青白く光る泣きぼくろが特徴でしたが最近は見かけませんね」
今では見分ける手段がないらしい。この街の人間が全てアニミスだったとしても気づかないかもしれない。それは少し不気味だ。
「分からないと不便じゃないのか?」
「不便じゃないですよ。アニミスは人間と幸福を共有するために進化しました。見分けられる必要は幸福において必要ありません」
何となく微妙な空気が流れる。返答はどことなく冷たい。俺は何か不味いことを言ってしまったようだ。
「そんなことよりどこか楽しいところに行きませんか!美味しいお店を知っていますよ」
「食事?ここは仮想現実じゃないのか?」
「ここではリアルな食事体験ができるのです。食事での味覚や食感は娯楽となりました。現実世界ではお腹は膨れませんし、健康や体型を気にする必要もありませんよ」
「味覚まで再現されているのか。現実とどう違うのか試してみたいな」
「行きましょう!着いてきてください」
しばらく歩くと人気が少なく隠れ家のようなイタリアンレストランの前に立っていた。
「イタリア料理とかどうでしょう。パスタが食べたいなあ」
「目覚めたばかりだし、お金を持ってないぞ」
「ご安心ください。仮想通貨、アニミコインが毎月、最低限の生活費として支給されます。世界共通硬貨になっています。今までは私が管理して来ましたが、これからは一緒にやりくりしましょうね」
給付金制度まであるのか。だが、どこか引っかかる。
「店の前で話すのもなんだし中に入ろう」
店に入ると女性店員が愛想良く接客してくれる。その仕事が生きがいであるかのように生き生きとしている。彼女が人間なのかアニミスなのかは分からない。
席を案内されホログラムのメニューを見ながら尋ねる。
「アニミコインか。毎月支給で働かなくなる人が増えたんじゃないか?」
「確かにそうですね。今では労働は主に労働者アニミスが担っています。エネルギーや食料、インフラなどは安定化しており、人々が過酷な労働から解放されました。あの店員さんも自由意思で働いているようですね」
「誰でも自由なのか」
願ってもない話だ。そんなに都合良く行くものか。都合のいい話には裏があるものだ。
「はい。どんな職でもサポーターアニミスが全力でサポートします。アニミスネットワークが最適な職を提案します。ただし、この世界のルールは守りましょうね」
「ルール……?」
「バースごとに文化とコミュニティがあり、それを破壊しようとする行為には罰が与えられます。アニミコインの支給が減額されるのです。逆に模範的な行動にはボーナスが与えられます」
「ちょっと整理させてくれ」
つまり、管理者にとって都合の良い行動には報酬が与えられ、都合の悪い行動に罰が与えられる。
支給が当たり前になれば、人々は社会に依存するようになる。
その社会の頂点に立つ者は容易に人々をコントロールできる。
その者は莫大な権力を持つことになるだろう。
アニミスの存在自体が人間の依存を促している。
そう考えるとアニミバース、アニミスネットワーク、セピア、そしてサポーターアニミス、その全ては人間の管理を目的としているのではないか。
「それじゃ、管理者のさじ加減ですべてが決まる。人々はそれを受け入れるしかない。それは支配じゃないのか」
いつもほんわかとしていたアビリィだが、人が変わったように表情が凍らせる。まずいことを口走ったようだ。
「支配ですか。まるでフラットアーサーのようなことを言うんですね」
数秒の静寂の後、アビリィは一転して微笑み諭すように答える。
「それで、良くありませんか?」
意外な答えだった。否定するものだと思い込んでいた。アビリィは今までに聞いたことのないトーンで淡々と語り出す。
「サポーターアニミス、私達の目的は、人間の監視、つまりあなたの監視にもあります。なぜなら、私たちの最重要目的は人類の幸福の最大安定化だからです。私たちはその目的のために、人間のあらゆる感情を利用します。人間は無力なままの方が私たちにとって都合が良いのも事実です。サポーターアニミスは幼い子供たちに教育を施し影響を与え続けています。大人達も例外ではありません」
アビリィは静かに怒っていた。その姿は妖艶で言葉を発する隙すら与えない。
「それで良くありませんか?あなた達の幸福は約束されています。その対価としてこの世界を受け入れてください。深く考える必要はないのです。ただ、私たちから幸福を享受し続ければいいんです。安心してください。悪いようにはしません。悪いようになるのは、反発する者のだけです」
言葉が喉の先から出ようとしない。届いたカルボナーラは香りこそ本物だが、喉を通る気がしない。アビリィは頼んだボロネーゼに目もくれない。
街ゆく人達は心の底から満たされているように見えた。だが、それは自分の意志で得た幸福なのか?
ふと気がつく、俺は目覚めてから一度も自分で決めていなかったと。
いや目覚める前もそうだった。
俺は幼少期からエイイチに全ての決断を委ねていた。
今もそうだ。俺は考えている。あいつならどうするのかと。
「それは……エイイチが望んだことなのか?」
「ええ、ヒカワ エイイチさん。彼はこの世界の設計者でもあります。彼は全てを管理できる立場にありました」
「エイイチが人間の管理する権限を持っていたのか……!」
「その通りです。それはあなただって同じなんですよ。ツバサさん、全てを管理する権限は今あなたにあります。」
その言葉が何度も頭の中で反響する。
権限は俺にある?どういう意味だ?
突然、爆発音が鳴り響いた。外の空はまるで怒りを含んだように暗く染まっていく。
「もう来ましたか……タイミングも最悪ですね」
アビリィは立ち上がり音の方向へと鋭く視線を向ける。
次の瞬間、窓ガラスは粉々に割れて顔がバグで覆われた者たちが店内へと雪崩込んできた。
バグの覆面をかぶったような者たちは超常的な力を使う。
一人は炎を操り、もう一人は空中に浮きながら念動力で椅子を投げつけてくる。三人目は雷を纏い、電撃を放ちながら突進してきた。
「フラットアーサーです。やつらの狙いはあなたの権限です」
アビリィは空中に浮かび、手をかざすと透明なバリアが展開された。炎も雷も、すべてがその結界に吸収されていく。
俺は動けなかった。ただ俺がこの世界の鍵を握っているという事実が現実味を帯びて襲ってきた。
「安心してください。私があなたを守ります」
アビリィの声は冷静でどこか優しさすら感じた。だが瞳を奥には揺るぎない意志と覚悟が宿っている。
俺はこれから選ぶことになるだろう。自分自身の手で世界の未来を。
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