第7話 意志を継ぐ者

戦いが終わり、緊張の糸が切れたのか。視界が歪み始める。

腹部の弾創から侵食するバグが広がっていく。仮想現実で死ぬとはどういうことなのか。


「こちら現場指揮。民間人負傷を確認。応急処置班、至急展開せよ」


周囲が騒然としている。機動隊のような装備を身にまとった者たちが現場で迅速に対応していた。

アビリィはその中の一人と話している。俺のもとにも一人近づいてきた。


「こちらは防衛軍です。聞こえますか?意識はありますか?」


声がうまく出ない。


「……はい。俺は……どうなるんですか」


「安心してください、今すぐ腹部のウイルスを除去します。動かないでください」


差し出されたのは注射器?いや、針の部分がUSBのような形状をしている。腹部に挿されると、みるみるうちにバグの侵食が消えていく。えぐれた腹部もまるで何事もなかったように修復されていた。


「……なんともない。ありがとうございます」


さっきまでの苦痛が嘘のように消え、体が軽い。


「それでは、復旧作業に戻ります」


防衛軍の隊員は去っていき。瓦礫に覆われた街並みが徐々に元の姿を取り戻していく。あと数十分もすれば、完全に復元されるだろう。


「ツバサさん!無事でよかった!」


アビリィが駆け寄ってくる。彼女の腕もすっかり治っていた。


「もう腕は大丈夫なのか?」


「はい。ワクチンを打たれたので、ちゃんと動いています。ツバサさんも、変わりないですか?」


「ああ、死ぬかと思ったよ。仮想現実で死ぬことってあるのか?」


「……ありますよ。ウイルスが全身に回ると、現実世界との通信は遮断され意識が消失します。肉体も死に至ります。外傷だけなら気絶で済みますが」


「アビリィ……アニミスも同じなんだよな」


「そうですね。私の場合は動かなくなれば、新しいアニミスが送られて済みそうですね……」


「…………そうだ。倒した三人はどうなった?」


「あれを見てください」


アビリィが指さす先には、例の三人は光の手錠をかけられ、連行されていた。


「彼らは牢獄のバース、ラビリンスに収監されるでしょう」


「クロウってやつは逃げたみたいだな。半人半アニミスってどういう意味なんだ?」


「彼は人間とアニミス、両方の動きが可能でした。意識が二つあるんだと思います」


「二つの意識?二重人格か」


「一つの肉体を共有しているのかもしれません。瓦礫の上で通信していたのでしょう。あれはアニミスを遠隔で向かわせていたんだと思います。固定されたスナイパーライフルは見つかったらしいですが、そこには誰もいなかったそうです」


俺は考える。彼は人間とアニミスの融合実験の被験体で、その報いとしてフラットアーサーになったのかもしれない。想像の域を超えないがあり得る話だ。


「彼は戦いの中で射線に私をおびき寄せていました。かなり頭の切れるようですね。また戦うことになりそうなので対策が必要です」


俺には彼が完全な悪人には見えなかった。


「最後に俺を助けるといっていた」


「フラットアーサーはアニミスからの人間の解放を掲げています。それにあなたの権限が彼らの手に渡れば、都合が良いでしょう」


「アニミスからの解放を掲げているのに、彼はアニミスと協力していたのか?」


「フラットアーサーの多くはアニミスを道具として扱うことを望んでいます。所有者に寄り添い、自ら道具になるアニミスもいます。いや……ですか、彼の動きは相当な信頼関係がなければできないはずですね……」


俺はまだ、フラットアーサーの実態を知らない。アニミバースも綺麗な場所だけを見せられている感じだ。彼らの側に付くという選択肢もある。そうなれば、アビリィと敵対することになるのか。


「アビリィ……どうしてエイイチは権限を俺に託したんだと思う?」


「晩年のエイイチさんは、ストレスで判断力が鈍っていました。彼のエゴによって世界の命運を託されたと考えられています。正直、私もそう思っていました」


「そうだよな……あいつはただ血迷ったんだ……そこまであいつは追い詰められていたんだ……」


「でも、それは違うと思います!彼はいつだって誰も思いつきもしない方法で人々を救ってきました。それにあの戦いであなたは彼の器に等しいと確信しました」


アビリィは自信満々で言い切った。俺があいつのようになれると?


「何があってもあなたについていきます。それが人々とアニミスの為ならば。サポーターアニミスの役目を手放すことになっても」


それは、俺がフラットアーサー側に立ったとしてもついてくると言いたいのか。口先だけかもしれないが彼女の表情は真剣だった。


「これはちょっと問題発言でしたね。アニミスネットワークは私の発言を検閲できますので」


アビリィにも立場がある。アニミスネットワークはすべてのアニミスを管理しているのかもしれない。


「少し休みたいな。事情聴取とかされないのか?」


「それはもう済ませました。現実世界へ戻りましょう。現実のツバサさんもお腹を空かせているようです」


「仕事が早いな」


アニミスネットワークで共有されたのだろう。


メニューからログアウトを選ぶと体は光となって消えていく。意識はふわりとぼやけていく。




気がつくと俺はアビリィの膝の上で眠っていた。慌てて起き上がると、ここは洋館の寝室。現実世界に戻って来たようだ。


「おはようございますツバサさん」


「……おはよう」


確かに腹が減っている。


「仮想現実では食べられなかった、カルボナーラを用意しましょうか。店の味とは違いますが、どうでしょう」


「いいのか?俺も手伝うぞ」


「いえ、ボタン一つでできます。3Dフードプリンターがありますので、材料さえあればアニミバースで公開されている料理はすべて再現できます」


そう言うとアビリィは何か信号を送ったようだった。


「3Dプリンターか。時間がかかるイメージがあるけど」


「今では一瞬です。この館も建築用の3Dプリンターで造られたんですよ。では、ダイニングへ向かいましょう!」


吹き抜けになっている階段を下りながら考える。料理まで再現できるなら、アニミバースにあるほとんどの物は再現可能だ。精密機械もどこまで作れるのだろうか。


「まさか……アビリィも3Dプリンターで造られたんじゃないよな?」


「よく気づきましたね。アニミス用の3Dプリンターもあるんですよ。私のお母さんみたいなものです」


冗談のつもりの言葉がまさかの事実だった。俺は思わず立ち止まり、アビリィの横顔を見つめる。彼女は微笑みながら先を歩いていく。


ダイニングに入ると、広々とした空間が俺たちを迎えた。白いテーブルクロスが敷かれた長いテーブルがまるで舞台のように鎮座している。


「今、料理をお持ちしますね。座っていてください」


俺は椅子に腰を下ろしながら、思考を巡らせる。

フラットアーサー、地球平面説信者か。彼らの思想は単なる陰謀論ではない。

アニミス社会の秩序に対抗し、人間の主導権を取り戻そうとする運動。

一方でアニミスたちは秩序と安全を守るために彼らを排除しようとしている。

エイイチのかつての仲間たちがサイバートピア社のメンバーだったとすればアニミスを造ったのはエイイチとその仲間だ。

創造者と創造物の戦い。これは壮大な親子喧嘩なのかもしれない。


そんなことを考えているとアビリィが料理を運んでくる。

湯気立つカルボナーラと、香り豊かなボロネーゼ。見た目は完璧だ。


「どうぞ、召し上がってください。私もボロネーゼいただきますね」


カルボナーラを前に俺はフォークを手に取りながら、静かに言う。


「アビリィ……決めたぞ。俺はフラットアーサーと対話する」


アビリィは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐ穏やかな笑みを浮かべた。


「……わかりました。あなたが選ぶ道なら、私はその道を照らしましょう」


その言葉に俺は勇気が湧いてくる。

この世界の真実に触れるために、俺は一歩を踏み出した。














































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