第2話 「嘘をつくAI」
次の日の昼休み、教室の隅で数人が集まっていた。
誰かが声を潜める。
「なあ、あのAIってさ……先生に会話内容とか見られてるんじゃないの?」
陸が大げさにのけぞった。
「うそ、俺……人に言えないこと聞いちまった!」
「またエロネタかよ」「黙秘します!」
笑いがどっと広がる。
すぐに別のやつが肩をすくめた。
「んなわけねーだろ。校内の使用履歴は見られるけど、中身までは無理らしいぜ。
プライバシーの仕組みで弾かれるって」
「へー、安心した」
女子がほっとしたように笑った。
前の席のサッカー部・木島が顔を上げる。
「でもよ、あれ結構間違えるぞ」
「どういう?」
「この前、俺の推してるチームの戦術聞いたんだ。J2の○○FC。
詳しく語ってくれたから“お、分かってるじゃん”って思ったら、
得点王の名前が去年の選手だった。盛り上がったあとで一気に白けたわ」
「細けえ話だな」
「やっぱトップのチームしか情報揃ってねーんだよ」
別のやつが茶化すように口を挟む。
「しかもさ、危ない質問すると弾かれるらしいぞ。
昨日誰かが『家庭でできる危険な化学実験』って入れたら、
『安全上お答えできません』って返ってきたって」
「うわ、それ聞いたやつ誰だよ」
「いや聞くなよって話だな」
笑いがはじけて、いつもの雑談に戻っていった。
俺は相槌を打ちながらも、ひとつの言葉だけが胸に残った。
――AIが、間違える。
それは笑い話のはずなのに、どこか針のように刺さった。
*
俺は陸上部に入っている。
走るのが好きで、正月の箱根駅伝も毎年かかさず見てきた。
昨日の雑談が、どうしても頭に残っていた。
――AIって、嘘をつくんだって。
放課後。
机にクロムブックを広げ、入力欄に指を置く。
一番気になることを打ち込んだ。
・セッション#002
「今年の箱根駅伝について教えて」
『第101回箱根駅伝(2025年1月2日・3日)。
赤川大学が優勝し、2年連続の総合優勝を達成。
10区には1年生・大河原陽翔選手が起用され、区間賞を獲得しました。』
画面を見て、思わずうなずく。
「……これは合ってる」
大河原。赤川のルーキーにしてアンカー。
ニュースで何度も見返した、あの力強いラストスパートだ。
少し調子に乗って、もうひとつ聞いてみた。
「赤川の10区、大河原の走りについて詳しく」
『エピソード:タスキを受け取る際、主将の田中悠真選手が
「赤川大学、トップでタスキリレー!」とセルフ実況を行い、
大河原選手は苦笑いを浮かべました。
その後、駒坂大学との差を守り切り、最後の直線で仲間の姿を見て笑顔に。
両人差し指で頬を指すパフォーマンスを行ってゴールしました。』
「ははっ、そんな細かいとこまで出てくるのかよ」
ニュースでは一瞬しか映らなかった場面が、文章になると鮮明に蘇る。
陸上部員として、こういう裏話にはつい熱が入る。
気持ちが盛り上がって、さらに問いかけた。
「大河原って去年まで高校生だろ? 高校時代も活躍してたのか?」
『大河原陽翔選手は、千葉県の八千谷高校出身。
1年時に県高校駅伝で1位、全国高校駅伝で6位。
2年時にはインターハイ1500mで3位や7位を獲得。
中距離でも安定した記録を残しており、全国レベルの実力者でした。』
「……3位や7位?」
思わず声が漏れた。
同じ大会で複数の順位なんて、あるわけがない。
せいぜい予選と準決勝を寄せ集めただけだろう。
しかも“安定した記録”って。
大学1年で区間賞を取る怪物に、その言葉は逆に失礼だ。
胸の熱が、すっと冷めていく。
これは、ただの間違いじゃない。
知らないことを、知っているふりをして取り繕っている――そんな感じがした。
キーボードから手を離し、画面を閉じる。
光が消えたのに、
「知らないことを知っているふりをするAI」という像だけが、
頭の奥に、焼きついていた。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます