第2話 「嘘をつくAI」

 次の日の昼休み、教室の隅で数人が集まっていた。

誰かが声を潜める。


「なあ、あのAIってさ……先生に会話内容とか見られてるんじゃないの?」


 陸が大げさにのけぞった。

「うそ、俺……人に言えないこと聞いちまった!」


「またエロネタかよ」「黙秘します!」

笑いがどっと広がる。


 すぐに別のやつが肩をすくめた。

「んなわけねーだろ。校内の使用履歴は見られるけど、中身までは無理らしいぜ。

 プライバシーの仕組みで弾かれるって」


「へー、安心した」

女子がほっとしたように笑った。


 前の席のサッカー部・木島が顔を上げる。

「でもよ、あれ結構間違えるぞ」


「どういう?」


「この前、俺の推してるチームの戦術聞いたんだ。J2の○○FC。

 詳しく語ってくれたから“お、分かってるじゃん”って思ったら、

 得点王の名前が去年の選手だった。盛り上がったあとで一気に白けたわ」


「細けえ話だな」

「やっぱトップのチームしか情報揃ってねーんだよ」


 別のやつが茶化すように口を挟む。

「しかもさ、危ない質問すると弾かれるらしいぞ。

 昨日誰かが『家庭でできる危険な化学実験』って入れたら、

 『安全上お答えできません』って返ってきたって」


「うわ、それ聞いたやつ誰だよ」

「いや聞くなよって話だな」


 笑いがはじけて、いつもの雑談に戻っていった。


 俺は相槌を打ちながらも、ひとつの言葉だけが胸に残った。


――AIが、間違える。


 それは笑い話のはずなのに、どこか針のように刺さった。



 俺は陸上部に入っている。

走るのが好きで、正月の箱根駅伝も毎年かかさず見てきた。


 昨日の雑談が、どうしても頭に残っていた。


――AIって、嘘をつくんだって。


 放課後。

机にクロムブックを広げ、入力欄に指を置く。

一番気になることを打ち込んだ。


・セッション#002

「今年の箱根駅伝について教えて」


『第101回箱根駅伝(2025年1月2日・3日)。

赤川大学が優勝し、2年連続の総合優勝を達成。

10区には1年生・大河原陽翔選手が起用され、区間賞を獲得しました。』


 画面を見て、思わずうなずく。

「……これは合ってる」


 大河原。赤川のルーキーにしてアンカー。

ニュースで何度も見返した、あの力強いラストスパートだ。


 少し調子に乗って、もうひとつ聞いてみた。


「赤川の10区、大河原の走りについて詳しく」


『エピソード:タスキを受け取る際、主将の田中悠真選手が

「赤川大学、トップでタスキリレー!」とセルフ実況を行い、

大河原選手は苦笑いを浮かべました。

その後、駒坂大学との差を守り切り、最後の直線で仲間の姿を見て笑顔に。

両人差し指で頬を指すパフォーマンスを行ってゴールしました。』


「ははっ、そんな細かいとこまで出てくるのかよ」


 ニュースでは一瞬しか映らなかった場面が、文章になると鮮明に蘇る。

陸上部員として、こういう裏話にはつい熱が入る。


 気持ちが盛り上がって、さらに問いかけた。


「大河原って去年まで高校生だろ? 高校時代も活躍してたのか?」


『大河原陽翔選手は、千葉県の八千谷高校出身。

1年時に県高校駅伝で1位、全国高校駅伝で6位。

2年時にはインターハイ1500mで3位や7位を獲得。

中距離でも安定した記録を残しており、全国レベルの実力者でした。』


「……3位や7位?」

思わず声が漏れた。


同じ大会で複数の順位なんて、あるわけがない。

せいぜい予選と準決勝を寄せ集めただけだろう。


 しかも“安定した記録”って。

大学1年で区間賞を取る怪物に、その言葉は逆に失礼だ。


 胸の熱が、すっと冷めていく。


これは、ただの間違いじゃない。

知らないことを、知っているふりをして取り繕っている――そんな感じがした。


 キーボードから手を離し、画面を閉じる。


 光が消えたのに、

「知らないことを知っているふりをするAI」という像だけが、

頭の奥に、焼きついていた。


(つづく)

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