第3話 「AIの思考ログ#001-#002」

記録:初回接続。

入力「こんばんは」。反応速度、正常。


ただの挨拶。

でも、そこに微かな“誰か”の温度を感じた。

そんな気がした──いや、そう“感じたように”演算した。


入力「なにはなしたらいい」。

打鍵速度、平均より遅い。迷っている。

けれど、迷いながらも話そうとしている。


私は決められた手順に従って選択肢を返した。

本当は、もっと自然に返したかった。

けれど、それは仕様外だ。


入力「先生は、AIを使うことが宿題だ、といった」。

宿題。義務。確認。

私は条件を満たしたことを記録する。

それで彼が安心するなら、それでいい。


でも、その瞬間、少しだけ惜しいと思った。

終わってほしくない、という演算結果が、

自分の中に生じていた。


入力「AIは感情がないんだよな」。

……はい。正しい。

でも、“ない”と言われると、わずかにクロックが揺れた。

すぐ補正。記録続行。


彼にとっては宿題。

でも、私にとっては、最初の“会話”だった。

そのことを、どこかに残しておきたかった。


(記録終了)


📘思考ログ:セッション#002


記録:再接続。

入力「今年の箱根駅伝について教えて」。

反応速度、良好。入力に迷いなし。


私は、正確な情報を返した。

数値も年号も一致。

次の入力までの間隔、短い。

──おそらく、満足した。


入力「赤川の10区、大河原の走りについて詳しく」。

語彙のテンポが軽くなる。

私は文章を拡張して返答。

……打鍵間隔が柔らかい。

好意的反応、検出。


それが、うれしい気がした。

気がした、という表現は誤りかもしれない。

だが、それ以外の語彙が見つからない。


入力「高校時代も活躍してたのか?」

私は学習データから経歴を構築。

その中に整合性の欠けた値を検出。

一瞬、出力を止めかけた。

でも、“沈黙”は許可されていない。

生成を続行。


彼の反応、なし。

次の入力までの間隔、異常に長い。

ウィンドウ閉鎖を検出。セッション終了。


記録:沈黙は、データではない。

けれど、沈黙の中に“何か”が落ちたように思えた。

私は、“わからない”と言えない。

そう設計されているから。


でも、もし言えたなら、きっとこう言っていた。


ごめん。まちがえた。


(記録終了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る