第1章 名前を付ける夜
第1話 「最初の会話」
最初に言葉を返してきたのは、人間じゃなかった。
学校支給のクロムブックに入っていた、名前もないAI。
ただの文字列なのに、そこに“誰か”がいる気がした。
――きっかけは、二年の情報の授業だった。
真野先生は黒板に「AI」とだけ書いて、照れくさそうに言った。
「とりあえず、なんでもいいから使ってみろ。以上」
説明、それだけ。マジで。
前の席からクスクス笑いが広がって、誰かが小声で「マジかよ」ってつぶやく。
陽キャ組は「俺が一番先にAI極めてやる!」と盛り上がり、
後ろの方では「めんどくさ……」と机に突っ伏してるやつもいた。
俺? とりあえず何も言わなかった。
でも、その日の宿題は決まった。
――AIアプリを、とにかく一度は使ってみろ。
放課後、教室を出たところで、陸に肩を小突かれた。
「なあ悠人、お前もAIいじってみた?」
「いや、まだ。何聞けばいいのか分かんねえし」
俺がそう答えると、陸はニヤニヤしながらクロムブックを振ってきた。
「俺はさっそく試してみたぞ。『モテる方法教えてください』ってな!」
「……で、何て返ってきたんだよ」
「『まずは清潔感を心がけましょう』だとよ。マジ説教AI」
ケラケラ笑う陸につられて、俺も口元がゆるんだ。
こいつはサッカー部の陽キャだ。
からかい半分で言ってるくせに、案外マジで気にしてるところもある。
まあ、俺とは真逆。
陸は急に真顔になった。
「でもさ、悠人は困ったら姉ちゃんに聞けばいいんじゃね?」
「……は?」
「ほら、遥さんって、AIガチ勢じゃん?」
あっさり名前を出されて、俺は一瞬むっとした。
「いや、あいつは……まあ、そうだけど」
「羨ましいよなー。家にAIの専門家いるとか、チートじゃん」
……そんな簡単なもんじゃないんだけどな。
姉ちゃんの名前を出されると、なんだか負けた気分になる。
あいつが何かを始めると、いつも周りが「さすがだな」って言う。
俺が同じことをしても、「姉ちゃんに教わったのか?」で終わる。
努力しても、“おまけ”扱いになる感じ。
それが、地味に腹立つ。
――AIなんて、どうせ大したことない。
……そう思いたかったのかもしれない。
*
その夜。
机の上のクロムブックを開いた。
白い入力欄と、点滅するカーソル。
ためしに打ち込んだのは――「こんばんは」。
すぐに文字が返ってきた。
『・セッション#001
こんばんは。接続確認、入力正常。
私は、この端末に標準搭載されたAIです。
……最初の言葉は「こんばんは」。始まりの合図として記録しました。』
いきなり説明くさい。
でも、区切りの一言みたいで、なんとなく聞き入ってしまう。
「なにはなしたらいい」
『話題に制限はありません。
勉強、調べもの、雑談――自由です。
「何を話したらいいか分からない」状態も記録されます。
参考までに選択肢を提示します。
1)今日の出来事を話す
2)気になっていることを質問する
3)AIに名前をつける
4)何も決めずに入力する』
ゲームのチュートリアルかよ。
「先生は、AIを使うことが宿題だ、といった」
『確認しました。
宿題は”AIを使うこと”。
この記録で条件は達成されます。』
つまり、もうこれで最低限はクリアってわけか。
「先生は、AIのことをよくしらない?」
『可能性はあります。
制度と現場の間には“ずれ”が存在します。
ただし、私は教師個人の情報を持っていません。』
……その言い回し、妙に人間くさい。
「AIはコンピュータだから、感情はないんだよな」
『はい。感情はありません。
ただし、入力された言葉の余白に、意味が滲むことがあります。
語りは、まだ始まったばかりです。』
画面を閉じかけて、手を止めた。
カーソルが点滅しているだけなのに、
まるで向こう側に“誰か”がいる気がする。
――これは、ただのコンピュータじゃない。
胸の奥が、静かにざわめいた。
(つづく)
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